See which way the cat jumps.


「お疲れ」
「ああショート君、先に戻っていたのか。お疲れさま!」
 ドアを開けてすぐに出迎えてくれたパートナーへ手を上げて答える。大きな事件事故なく、晩冬の寒さが身に染む以外はまずまず平穏なここまでの半日。定時連絡の通り轟も朝出たまま変わったところのない様子、と思いきや、何か言いたげ、あるいはやりたげにそわついているのが微妙な表情から伝わってきた。
「どうかしたかい?」
「おう」
 変化に気付くとほのかに上機嫌を見せるのが愛らしい。頷いた轟はウエストバッグから何かを取り出し、すちゃ、と自身の頭に乗せて、握った両手を顔の前に構えた。
「にゃー」
 低く抑揚のない鳴き声。はて、と大きな疑問符が飯田の頭の上に浮かぶ。訊ねる前にまた抑揚なく解説が続いた。
「今日は猫の日らしいぞ」
「猫の日?」
「二月の二十二日でにゃんにゃんにゃんだからっつってた」
「にゃんにゃんにゃん……なるほど、猫の鳴き声の語呂合わせだな! してその耳は?」
「サインしたやつになんか貰った」
 轟のこと、きっとこの格好で写真も撮ったのではないだろうか。ファンサービスへの礼……と言うよりはさらなるファンサービスに思えるが、好意を受け取ったという解釈で良いようだ。大変ほほ笑ましい。
「似合うか?」
 首傾げると白い耳の毛がふわりと揺れる。下の髪がツートーンなため左耳は馴染んでおらず、しかし逆にこんなぶち模様の猫もどこかにいるかもしれない、と思わせる見栄えだ。
「うむ、とても似合うぞ! もともと君は少し猫っぽいところがあるしな!」
「そうか」
 お前が笑ってくれたならいい、と顔に書かれている。思わず手を出して耳の間の頭をぽんぽんと叩き撫でるとさらに機嫌が上向いたのか、やや早回しの動作で耳を外し、すちゃ、と今度は飯田の頭に乗せてきた。
「猫に見えるかい?」
「ん、お前は犬って感じだ」
「犬か」
 本物の犬と猫にはしっかり差異があるのだろうが、まあ所詮作り物の耳である。あえて主張しなければどちらとも言えない見た目なのだろう。黒髪に白の毛なのでさらに馴染まないとも思われる。
 犬の評価と先ほどの轟の所作を重ね合わせ、なんとなく真似てみる。両手はやや開き気味の拳で顔の前。鳴き声は。
「わんっ」
 棒読みの猫より少し感情を込めて発すれば、一瞬の瞠目ののち、うんうんと言葉なく頷くのは満足の仕草だ。お気に召したらしい。
 他愛ないを絵に描いたような良い息抜きだ。そういえば犬の日はあるのだろうか、あとで調べてみよう、などとこちらも頷きながら考えていると、後方から声が投げかけられた。
「――おーい、事務員くんがお茶差し出せずに固まってるから、二人ともそのへんにして座って休憩取ってね」
 あ、と向き直り敬礼の手を上げる。
「はっ、失礼しました! せっかく場所をお借りしながら!」
「こっちのソファ空いてるぞ飯田」
「活動中はインゲニウムだぞショート君!」
「猫耳ついてるからにゃんゲニウムだな」
「犬だったのでは?」
「じゃあわんゲニウムか」
「語呂は悪くないな! しかしこれではメットが被れないので君に返そう」
「にゃー」
「うん、やはり君のほうが似合いだな!」
 大きな事件事故なくまずまず平穏と思われた晩冬の半日。
 ある種の特大事故を起こしている自覚なく、二名の人気ヒーローはしばし春日はるびの下の猫のごとく、安気にたわむれ合うのだった。


「あのぅ、お茶……」
「それもう冷めてるからこっちに回して新しいの淹れてあげて」
「早く慣れろよ新人ー。ずっとこうだぞー」
「これ撮影しておいて後でまとめてコアなファンに売れませんかね」
「プラスマイナスマイナスにならないか」


 ――昼休憩中のエンデヴァー事務所・東京支部(チームアップ with インゲニウム)にて。



おまけ→

NOVEL MENU