one day


 命が惜しけりゃ金目の物を置いていけ、とお定まりの文句が胴張り声で吐き出されるのを聞き、二人の少年はきょとんと互いの顔を見合わせた。
 戦が終わり、いざ平和の空気に身が馴染めば、蛮行でもって無辜の民を食い物にしようという輩も湧くのが不条理ながらに世の常である。まさしくそうした愚昧な賊の見本とも言うべき、獣毛の服に角兜、手には湾刀提げ持つ三人の男が鬱蒼とした森の暗がりから現れ出て、しばし場の空気は凍り付いた。ようようあって、青の髪の少年(当人はその域を脱したと主張するものの、まだ頬の線に幼さが残り、青年に届きそこなっている少年)が隣へささやく。
「……よろしく」
「へっ、おれぇ? 普通こういう時は剣士の出番だろ?」
 黒髪の少年(こちらは手足もより細く、いかにも村育ちらしい少年そのものの少年)がぎょっとしたように肩いからせ、しかし声は同じくひそめて言い返す。
「今日何も持ってきてないんだよ」
「いや、その手に抱えてるのなんだよ?」
「これはジャンクさんからの預かりものだから」
 方形の包みを腕に抱き直し、青の髪の少年が首を振る。二人とも平凡な装いをし、荷と言える物はその包みと黒髪の少年が腰に差した棒切れのようなもの程度で、賊たちの目には、村の子どもが怯えて家の使いの金を差し出す相談をしているように見えた。
「三人ぐらいキミなら一発だろ」
「そうは言うけどよ、あるイミ一番面倒な規模だぞ。火を出すには木が近すぎて場所が悪ぃし、人間相手に重圧呪文なんざ……」
「氷で動きを止めればいいじゃないか」
「じゃあお前も使えるだろ!」
「本職ほど加減はうまくないし……」
 怯えている、にしては物腰に余裕があり、金品の工面の相談、にしては妙に長い。そして、どことなく自分たちがおざなりにされているような、そもそも相手にされていないような。
「おいガキども! 死にてェのか死にたくねェのか!」
 妙な状況に陥り始めていることに気付き、業を煮やした賊が存在を誇示して声張り上げるが、やはり二人はいささかもひるまない。
「そりゃぁ、死にたくはねぇだろ」
「ガキとは失礼な奴だな。ボクはもう十七になるんだぞ」
「いやそれもどうでもいいけどよ……」
「お、お前らなッ」
 気だるいやり取りで遂に堪忍袋の緒が切れたと見え、最前に立っていた男が湾刀を掲げて少年たちへ突進する。刃を前の地面へ振り下ろして脅しつけてやろう、という魂胆であったが、驚愕すべきことに、相手はあせって悲鳴を上げるどころか、逆に落ち着きを深めて身構え、一人は自ら前へ足を踏み出した。
「仕方ない、ちょっと借りるぞっ」
「お?」
「こっち頼む!」
「重っ」
 青の髪の少年が抱えていた包みを黒髪の少年へ預け、代わりにその腰から棒切れを抜き取る。先に小さな石の付いた木柄を両手に構え持つや、まばゆい閃きがほとばしり、成した刃が眼前に迫った湾刀を横へ打ち除け、返す動作で兜の角の一本を根元から切り飛ばした。
「ひっ……!」
 並の戦士の業でないことは浅薄な賊の頭でも知れた。求めた悲鳴が我が方から上がり、尻餅付いた仲間を打ち捨てて、残る二人の男が蓄電を図る。が、すべて予想の内とばかり、間髪を入れずに二種の呪文の言葉が後を追った。
 光の剣を手にした少年の身体が逃げる賊の正面へ高速で回り込み、棒の柄を下腹へ突き入れて昏倒させる。それを逃れた一人は地面に走った氷に脚を取られ、その場に固まった。黒髪の少年が唱えたのは同系列のうち最も弱い呪文であったが、見る間に男の腰までを凍り付かせてしまった。
「あー結局使っちまった。……ヒャド」
「ぎゃっ」
 前で腰抜かしていた男の脚も念のためと氷で縛めてから、駆け戻った連れと、さて、と改めて顔を向け合う。
「あとはよろしくでいいだろ? ボクはもう帰らないと」
「まぁ、仕方ねえ。うちの村の番所に届けてくらぁ」
「せっかく平和になったっていうのに、馬鹿なことをする奴はいなくならないな……」
「姫さんたちも気張って色々考えてるみてぇだけどな。いずれはどうにかしてやるさ。……ダイが帰った時に呆れさせないように、な」
「ああ」
 先の戦の功労者の二名、『北の勇者』と若き『大魔道士』が決意とともに頷き合い、呼吸ひとつののち、二人の少年に戻る。
「んじゃこいつは返すな。そっちの杖返してくれ」
「あ、そうか」
 包みとの交換に、差し出された手に木柄を乗せた次の瞬間、
「……あ」
「あっ?」
 ぽきり、とあっけない音を立てて杖は割れ砕け、黒髪の少年の悲鳴が夜の森に響いた。


       〇


「ハハッ、それで飯の後にまたひと働きか」
 そうして帰宅が予定を半刻ばかり過ぎた所以と、杖の修繕の仕事が増えた所以を語り終えると、師は愉快げに声立てて笑った。
「だって、まさか大魔王と戦ったパーティの一員の魔法使いがボクの闘気に耐えられないぐらいの安物の杖を持ってるだなんて、普通は思わないじゃないですか……」
 カール王国へ招かれての帰路と語っていたが、マントも付けない平服にこの得物とは、仮にも一国の客員魔道士としての自覚はあるのかと、愚痴の勢いで問い詰めたくなる。これでは何も持たないほうがまだマシではなかろうか。
「まあ、壊れて当然程度の造りではあるな」
 おおかた店の処分品でも適当に持ち出したんだろう、とノヴァの手元を見やり、ロン・ベルクが推量する。
「そうか、それで直して戻せって言ってきたんだな、アイツめ」
 処分品とは言え、実家の売り物を持ち出し、挙句壊してごめんのひと言では済まないだろう。そこまでの経緯はどうあれ自分が壊してしまったことに間違いはなく、撥ねつけることもできずにこうして残骸を持ち帰ってきたというわけだ。
 割れた木を継ぎ、使い物にならない部分は新たに削り出す。この程度のことは、鍛冶というより日常の仕事の範疇として、この半年あまりの内にどうにかこなせるようになった。
 処分品行きの取るに足らない道具のために、「残業」として渋々の様で木を削っているノヴァの様子が滑稽なのか、ロンは口角上げたまま晩酌を進めている。酒の肴にされているのはいささか不満だが、馬鹿げた雑事が笑いのひとつに変わったとするならそれでもいいかと思えた。賊を捕らえたのも上首尾であったことは確かだ。
 ちらと目を上げ、酒棚の前の椅子に座る師の顔をうかがう。各所で与えられている偏屈者の評はまあ正しいと言えるが、一見に受ける印象ほど仕事以外への情に薄いひとではない(でなければ、自分は二重の意味で今ここにいないはずだ)。万事に冷静で落ち着いた大人、と思っていたから、ジャンクと冗談を言い合って高笑いしている様を初めて見た時には驚いたものだし、今は自分との会話の中でも、こうして明瞭に相好を崩すことが増えた。それが皮肉や冷やかしの結果だとしても、嬉しい、と感じる。
 あまりに量が多いと怪我の治りに悪いのでは、といささか心配ではあったが、酒精の濃い飴色の酒を淡々とあおる姿はいつも非常に様になって見える。自分もいつかジャンクのように、あの位置に並ぶことができるだろうか。
「どうした」
「あ……いえっ」
 思わず手を止めて見入ってしまっていた。慌てて目線を卓上に戻し、弁明の語を探す。
「ええと、これ、直してもすぐ使い物にならなくなりそうだなって……」
 それは事実浮かんだ感慨だったので、前へ示した杖を再度眺めたロンも疑う様子は見せなかった。
「どこの誰が作ったのかは知らんが、まあゴミだな」
 辛辣に切って捨て、杖ってのはただ石がはまってりゃいいってもんじゃない、と言ってすくと立ち上がり、グラス片手に椅子を押してこちらへ歩み寄ってくる。きょとんとして見つめる間にノヴァの着く卓まで進み、腰を下ろした。
「え……見てくれるんですか?」
「そのままじゃ練習にもならん」
 たまにはいいだろうと笑って残業の監督を申し出るのは、やはり今夜の特別な「肴」がもたらした上機嫌の賜物だろうか。もはや何が理由でも構わなかった。この尊敬すべき師から教わるものなら、いついかな事であっても全て良き学びとしたい。
「あっ、待ってください先生っ、ペンと手帳を……あれ、どこに置いたかな、ええと……あいたっ」
「少し落ち着け」
 椅子に脚を引っかけながらばたばたとせわしなく立つ背に苦笑がかかる。声は存外にやわらかく、同じだけ優しい笑みがその口元に浮かんでいるのだろうと思うと、すぐに振り向きたいような、振り向くのが怖いような、奇妙な情動が湧き上がってくる。ノヴァは矛盾に揺れる胸を手で押さえつけて、うるさい動悸をやり過ごしてしまうまで、手帳を探す振りを続けることにした。
 文字通りの魔改造が成された杖が、頑固な武器屋の主人に見咎められず許されるかどうかの成り行きは、自身の世話で精一杯の少年には、なんら関知されるところではないのであった。


end.

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