厳正なる審査の結果、


『付き合いたいやつができたから、今度一緒に会ってほしい』
 そんな驚天動地のメッセージがなんの前触れも予兆もなしに飛んできたのは、帰宅して風呂に入って夕飯を済ませ、さて、とゆうべから冷蔵庫に仕込んでおいたカヌレの生地を取り出し、いよいよ焼きの準備にかかろうかという時分のことだった。
「は?」
 思わず文字ではなく声で返事をしてしまったが、さすがにこれは仕方なかろう、と心中で独り言の弁明をしつつ、砂藤は携帯に表示されたトークグループの名と、メッセージの送り主の名をもう一度確認した。「五階組」、そして「轟焦凍」。どちらも見間違いではない。ふた月前の三人での食事の誘いに付随するなんの変哲もないやり取りの下に、唐突も唐突に放り込まれたのは、雄英高校はハイツアライアンスA組寮、男子棟五階で約二年半に渡り生活を共にした元級友、現同業者、エアコンヒーロー・ショートからの依頼のメッセージだった。
 体裁としては依頼文だが、賞味すべき本質はそこにはない。目頭を揉み、疲れ目から来る(今日は事務仕事が多かった)幻覚でもないことを確めようとしたのとほぼ同時、ころん、という軽い電子音とともに、別のメッセージの着信が通知された。表示された名に引っ張られて取るものも取りあえず開くと、A組寮五階男子組の残る一人が砂藤個人宛に送ってきたのは、「なんと……!」の書き文字を背景に、顔から滝のごとく汗を噴き出させるオールマイトのスタンプだった。さしもの口巧者も、この状況で咄嗟に記すべき言葉を考え付けなかったらしい。
 しかし気の取り直しは早かったらしく、返すスタンプを砂藤が探し出す前に、同じく級友にして同業のヒーロー・セロファンこと瀬呂は、すぐに短いメッセージを下へ続けた。
『これ、審査の話だよな?』
 そうそれだ、と文字でも声でもない返事を唱えてから、「たぶん」とだけ返信する。小さなスマートフォンの画面上の小さなソフトウェアボタンが、常にも増して押しづらい。
 審査。確かにそう言っていた。形式ばったその単語が笑いとともに口にのぼったのは、今からおよそ三年前、雄英高校の卒業を数か月先に控えた時期の、他愛のない雑談中であったと記憶している。
 砂藤と瀬呂、そして轟。入寮までにできていたグループをあえてばらばらにしたような割り振りのなりゆきで隣室仲間となった三名だったが、端の階の気楽さや人数の少なさも手伝ってか、男子棟の中でもメンバーまとまっての交流が多いフロアであったように思う。砂藤の作った菓子と瀬呂推薦の漫画をスペースの広い轟の部屋へ持ち込み、消灯前の余暇をだらだらと過ごす時間が、いつしか恒例行事のようになっていた。校内ではそれぞれ別に親しいクラスメイトと行動していたのは変わらなかったが、こうした階名を冠したトークグループを作り、今でも集まって話すことがある程度には、愛着、あるいは里心のようなものを持っている関係だ。
 そうした仲間意識の中心にいたのは、やはりと称するべきか、当人はほぼ無自覚ながらに何かと周囲を騒がせる轟だった。瀬呂いわく「ガンギマリ」の時期を脱して以降、情緒や世間知が育つ途上にある小さな末っ子的存在として、A組全体の見守り対象となっていた色男は、五階組でも目の離せない末弟のような扱いだった。
『轟は素直すぎっからなー。卒業したらもう俺ら近くにいねーし、変なやつに騙されたりしないようにしろよ?』
 オニーサン心配よ、と大げさに息ついてみせた瀬呂に、砂藤も笑って同意した。なんだかんだと世話焼きで気のいい連中ばかり揃ったヒーロー科から巣立ち、社会に飛び出していくにあたり、轟の子どものような純粋さは、良くも悪くも世の人々の心をあっという間に捕らえてしまうだろうと思えた。
 気を付ける、と指摘された性質をすぐさま発揮し素直に頷いた轟へ、それからあれも、それならこれも、と兄貴風を吹かせて左右から投げかけた助言の中に、その語は混ざり入っていた。
『あと……そうだ、もし誰かと付き合うってなったら、まず俺らに紹介しろよな! 審査してやっからさ』
 それは冗談の配分が増し切っていた会話の終わり際、口にした瀬呂も、「親かよ俺ら」と突っ込みをいれた砂藤も大笑し、全体のオチとなった発言だった。当然その場限りのもので、あとでそれについて何かを話し交わしたということもない。
 しかしぽやりとした天然ボーイでありつつ、実技のみならず学業成績もクラス上位に位置するハイスペックイケメンでもあった末っ子は、そんな思いつき極まる助言をしかと記憶に留めていたらしい。おまけに、冗談と受け止めていなかったらしい。そうだよな轟だもんな、本気に取らないようはっきり言っておくべきだったな、と思い直すにはいかんせん日が経ちすぎている。
 アフターケア不足を反省しつつ、しかし事態の芯はそこではない、と数分前の思考に立ち戻る。おそらくは電波の向こうの瀬呂とともに。
『付き合いたいやつができた』
 数年前の発言が掘り起こされるきっかけとなった、まさにその事態、その状況。それこそが、今最も真剣に直視すべき事の本質である。
 ふた月前に集まった折にはそんな空気すらなかった話題であるので、始まりはそれから今日までのあいだのことだろう。いつ、誰と、どこで、どのように――国語の授業めいた問いがあふれ出てきてぐるぐると頭を巡りつつも、最後にはただひと言、
(これは荒れる)
 そんな感想に収束する。
 デビュー直後、いや、デビュー前から世間の注目を集め続ける若手ヒーロー筆頭のひとり。ぐんぐんと人気を伸ばす色男のファンには、当然熱狂的な〝ガチ恋勢〟も生まれている。
 少し見ぬ間に恋愛中というまさかまさかのステータスを得ていた轟は、あの日の助言を思い出し、純粋に自分たちを頼って声をかけてきたのだろう。九割冗談の言葉であったとはいえ、友人の期待には応えたい。しかし、ともすると万を超える老若男女の慟哭を呼ぶやもしれない「審査」に臨むには、敵との決戦かくやの度胸が必要である。自分などが気軽におういいぞなどと返事を送ることのできる事態ではない。
 既読放置ならぬ既読逃避の遇にあったメッセージの下に、頼もしいテーピンヒーローの返信が付いたのは、カヌレの生地も焼きごろの常温に戻った、およそ十分後のことだった。
『ちょっといっぺん整理させてもらっていい?』
 慎重に慎重に選んだのだろう言葉は生焼けで、さしもの社交巧者も、この問題を一度に調理しきることはできなかったようであった。


      ◇


 翌週夜。あまりにもスムーズに進んだ(進んでしまった)スケジュール調整を経て、砂藤と瀬呂は居酒屋の奥まった個室に並んで座し、待ち人の到来に備えていた。
「……なんか考えてきたか?」
「いや全くノープランよ俺」
 相手も来ないうちからこそこそと声をひそめて言い交わす。依頼から今日までせめてもう一、二週あれば、心構えもこちら二名の(言葉は悪いが)口裏合わせもできたのだが、なんと来週なら一切の支障なく集まれる、と判明した時点でそんな余裕は消え失せた。プロ三年目の若手には一瞬に等しい五日のあいだにできたことと言えば、果たして相手は可愛い系か、綺麗系か、いや今どき絶対に女性だとは限らない、轟に劣らぬ色男を連れてくるかもしれない、はたまた動物系個性の持ち主(だとしたらおそらく猫科)かもしれない、などといったような不毛な想像を巡らせることと、ヒゲを剃って席に臨むや否やと、状況を何も変えない意見交換を瀬呂とすることぐらいであった。
 どうせ来週会うのだから、と言われれば事前にあれこれ訊いておくのもはばかられ、ぶっつけ本番でやるしかないという審査側にあるまじき心境になっている。轟は轟で多忙であったらしく、当日までのやり取りは最小限、そもそも何をどう審査すべきやらという状況で、普段着で構わないと言われたことだけが数少ない判明点であった(そして二名とも緊張に意識を持っていかれてヒゲの処置は忘れた)。
「轟のやつ、一緒に入ってこないだろうな……」
 瀬呂がぽつりと懸念の声を漏らす。既に全国区の知名度となっているヒーロー・ショートが、親しげな相手と二人連れで店に入っていった、などという目撃談がどこかへ発信されたが最後、尾ひれの付いた噂と勘繰りが一瞬で千里を走るだろう。急の用事で二十分ばかり遅れて着くとの連絡は受けていたが、轟ひとりが先に到着するのかまでは聞いていない。
 いやさすがにそうした気遣いは既に心得ているはず、いやいやしかしあの轟だぞ、とひそひそぼそぼそ囁き合ったところで事の解決には結びつかず、緊張からの逃避のためどちらからともなく話題をよそにやり、あえて場に関係のない世間話で待つ間を潰すことにした。海難救助でお手柄のフロッピー、アニマとテンタコルの共同宣言、イヤホン=ジャックの音楽活動、手配犯捕縛と暴言騒動の大(略)ダイナマイト、二代目インゲニウムの素顔密着取材。元級友たちの名だけを連ねても、話の種には事欠かない。
 あっという間に二十分が経過し、そろそろか、と時計を確かめたちょうどその時、ほんの十センチばかり開けてあった障子戸の向こうから、「そちらのお部屋です」という店員の案内と、ぱたぱたと板廊下を進む足音が聞こえてきた。
 思わず声を呑み、耳を澄ませて数を判じるまでもなく、からりと開け放たれた戸の向こうに現れたのは、人ふたり分の影であった。
「悪ぃ、待たせた」
 常と変わらぬ態度で謝した轟に次いで、三者三様、しかしいずれも驚きの色を含んだ声が、続けざまに上がった。
「え、飯田?」
「委員長?」
「砂藤くん、それに瀬呂くん?」
 瞬間、場の全てが一時停止する。本日の「審査」の依頼主に引き連れられていたのは、元A組委員長にしてこれまた同業、つい今ほどの世間話の中でも名の挙がっていた、ターボヒーロー・インゲニウムこと飯田天哉だった。
 ああそうか、飯田も審査に呼ばれたのか、轟の親友だもんな――と、脳がより理解しやすい方向への情報処理を再開しようとしたものの、
「飯田は俺の隣に座ってくれ。紹介するから」
 淡々と促す依頼主の言葉により、安易な演算はばっさりと打ち切られた。
 紹介されるまでもなく重々存じ上げております、とも言えず、瀬呂と揃って口開けて見つめる先で、飯田がひとり慌て始めている。
「えっ、確か今日は報告のご挨拶だと……俺はてっきり君の事務所のどなたかがいらっしゃるものだと思って、あ、だから普段着……えっ」
 久方ぶりに目にする大仰な手振りと空回り。ああ間違いなく俺らの委員長だ、と頷きながら、親友(兼以降は未知)のなだめとも言えないなだめを受けて、ぎくしゃくと席に着くまでを見届ける。大判のテーブルを挟んで向かい合ってのち、来てくれてありがとな、とこちらはひとり平然としている轟がおもむろに謝辞を述べ、本日の主旨説明を始めた。
「雄英にいた頃、俺が付き合いたいと思ったやつができたら、まず瀬呂と砂藤に紹介して審査してもらうって約束してたんだ。だから今日集まってもらった。先に教えちまったら良くないかと思って黙ってた。悪い」
「そ、そうだったのか……!」
 うわマジでそのまんま言っちまったよエアコンヒーロー、と砂藤たちが戦々恐々と見守るなか、飯田はかけらの疑問も浮かばせる様子なく声を返して、常の倍増しに固く姿勢を正し、砂藤くん、瀬呂くん、と名を大呼しつつこちらへがばりと頭を下げた。
「轟くんとは先月からこ、交際を始めて……、け、結婚を、前提にっ、今後もお付き合いをさせていただければと思っています! よろしくお願いします!」
「あ、ハイ……こちらこそ……」
「轟を末永くよろしくお願いします……」
 依頼から五日、集合から五分、審査三秒。
 なんだこれ、と頭上に大きく浮かんだ当然の疑問は、生焼け返事に感激の顔を上げた飯田の笑みの波動に押し流され、狭い個室の壁にぶつかって塵と消えた。イケメンの極まった爽やかさからは圧が発生するのだ、と砂藤は人生初めての学びを得た。
「ありがとう!」
「いや声でけーよ飯田、いや、違くて……」
「いや、そう、……ふっ、なんだこれ、何?」
 困惑がじわじわと滑稽へ変じ、耐えきれず噴き出した瀬呂につられて砂藤も腹を抱え、元凶たちにどうした大丈夫かと心配されてさらに発作が止まらなくなりながら、しばしのあいだ笑い転げた。前の席のふたりが片や切れ長、片や方形の目を揃って丸くしているのを見て、いつの間にやら似た顔をするようになっている、と気付いた。
 数分後、ようやく落ち着きを取り戻し、仕切り直しとなった席の改めての冒頭、こちらの促しに従って、今日までの経緯を轟が語った。ふたりは雄英卒業以降も親しく友人付き合いをしていたが(それについては仲間うちでも周知だった)、ひそかに仲を一段深めており、先に飯田が口にした通り、先月から「交際」を開始したのだという。
 そう、開始されている。「審査」は事前にという約束(轟認識)に反し、既に恋人としての付き合いが始まっている、というその事実について、轟は済まなげに説明した。
「本当は付き合い始める前に声かけようと思ってたんだ。色々あって、来月の飯田の誕生日に告白しようと思ってたから、その前までに。けど、このあいだなんか騒がれてたろ、飯田の顔」
 ああ、と頷く。まさに先ほど、世間話のひとつとしたニュースである。飯田はこれまであまり顔を前面に出しての活動をしていなかったのだが、事務所の方針がどうこうとかで、先月初めてヒーロー雑誌のインタビュー記事内に、私服と素顔でのグラビア写真が掲載されたのだ。すると思わぬ男前の登場がいくつかのコミュニティで話題となり、A組のトークグループでも冷やかしの言葉が飛び、峰田が血涙を流すたぐいのちょっとした賑わいが巻き起こった。
 今思い返せば、A組ほぼ総出の愛ある冷やかしの流れの中に、轟はひとり文章になっていない言葉と絵文字が入り混じる謎のメッセージを残していた。打ち間違いが凄いぞと笑われていたが、実は見たままのパニックの表れであったらしい。
「のんびりしてたら飯田がほかのやつに見つかって取られるんじゃねェかと思って、俺と付き合ってほしいってすぐに言っちまったんだ」
 それで後からの連絡になった、悪ぃ、と神妙に頭を下げてくる。下げられたこちらとしては、慌てて手と首を振りたくり、事実を正直に打ち明けるよりない。
「いや、俺らも本気でお前の相手を鑑定してやろうとか思ってたわけじゃねェからさ……」
「お前が憶えてたのに驚いたっつーか、なんか、ごめんな」
 揃って詫び返せば、今さら何をという苦言もなく、そうか、とあっさりした納得の相槌が打たれた。
「俺も審査っていうのはいまいち良くわかってなかったけど、お前らには雄英にいた頃に色々教わったし、俺たちに余計な気を遣ったりしないだろうから、先に会って話せたら安心できると思ったんだ。俺が直したほうが良さそうなこととかも相談したかった」
 そんな過分な評価と思惑を打ち明けられ、さらに続けて、
「けど飯田とは絶対別れたくなかったから、反対されたらどう説得しようかと思ってた」
 されなくて良かった、と、にぱり笑みを向けられる。ああやはり似てきているな、と思いながら、数分のあいだひと言も発していない委員長へ目を移すと、事の次第をゆるゆる把握し、恋人のあけすけな言葉も持ち前の天然を挟む余地なく理解したのだろう、大きな口を一文字に引き結んだ顔が、一滴のアルコールも摂取せずして真っ赤に染まっていた。
 冒頭では「娘さんを僕に」の寸劇じみた挨拶を勢いよく繰り出してきた飯田だが、今の話を聞き、今の様子を見る限り、今日ここに至るまでのエンジンを積極的に噴かせていたのは、俊足の委員長ではなく轟のほうであったらしい。相談という言葉も嘘ではなかろうが、多少はお披露目、あるいは自慢に近い気分もあったのではないだろうか。いそいそと連れてきた相手がよもやまさかのターボヒーローと来たものである。顔、頭、体格、性格、家柄、人望、後ろ盾、将来性、家族関係。どこを切っても優良物件としか言いようがない。
 もちろん欠点がまるで無いなどということはないが、どれも粗探しの産物に近しく、反対の根拠とするにはあまりに弱い。動きがロボットみたいだから兄ちゃん交際には反対です、などと言い出そうものなら焼かれて凍って終わりである。親しい友人関係についてはとうに知られているだけに、よほどのことがなければ特別の仲を気取られずに済むだろうし、飯田の事務所の力でメディア対策も万全のはずだ。
 何よりこの相手は、ヒーロー・インゲニウムである前にA組委員長であり、轟焦凍の親友であるところの飯田だ。自分や瀬呂以上、それこそ一番手、第一人者とも言うべき頻度で轟の世話を焼き、相応以上に懐かれ、いつしか保護欲や庇護欲を超えたステージに進んで、慈愛に片脚を突っ込んだ態度を見せることすらあった男だ。皆が知らぬ間に情愛も育っていました、と言われても驚きは小さく、審査の評点はますます伸びる。
 ちらと隣を見やれば、同じ感慨を浮かべているらしい苦笑混じりの目がかち合った。ともに背すじを伸ばし、生焼けの言葉を改める。
「マジで、轟のことよろしくな、委員長」
「なんかあったらいつでも声かけろよ」
 テーブル上へ視線をさまよわせていた顔がまっすぐに起き上がり、頬をかすかに染めたまま、ぱあ、と明るくほころんで、こちらと同様に改めての礼を発した。
「ありがとう。二人にそう言ってもらえると本当に嬉しいよ」
 君たちはあの頃からとても仲が良かったから、とクラスのリーダーらしいことを言う。正面しか見ていない狭小の視野を、三年足らずで見事に広げてみせた頼もしい委員長だ。もはや審査の台に載せるまでもない。天然の二乗が生じる点はやや気にかかるが、仲間たちで少しずつフォローしてやればいいだろう。
 場の結論を早々に出し、遅まきの乾杯をして、あとは今日までの「色々あって」の詳細を聞き出す談話に興じようと話し始めて数分ののち、そうだ、と轟が何やら思い出したように呟いた。
「飯田、再来週に誘った日な」
「ん? うん」
「緑谷と麗日に挨拶するからよろしくな」
「え」
「今度は俺が二人に審査してもらうから」
「えっ?」
 なんでと狼狽を取り戻した飯田に、雄英いた時に話してたろ、とハイスペックイケメンがけろりと言う。いわく、校内仲良し組での昼食中、麗日が「飯田くんは悪い人に騙されやすそうだから、誰かとお付き合いする前に私たちに紹介してな!」とかなんとか言い出したらしい。どんな流れでそんな発言が飛び出してきたのか、まあおおよそ想像は付く。轟にとっての自分と瀬呂の立ち位置にあるのが、飯田にとっての緑谷と麗日というわけだ。
「いいんじゃね?」
「じっくり審査してもらえよ」
「おう。頑張る」
「ええ……?」
 真面目な顔で勧めてやれば、素直そのものの頷きが返る。在りし日の記憶がまた鮮明によみがえって、続く談笑の種をいくつも産んだ。
 無論のこと冗談半分の言葉であったろうとは言え、緑谷はともかく麗日の見る目は、自分たちのそれより厳しいかもしれない。五階組の愛すべき末弟のため、何か心証を良くするものでも持たせてやろうかと、来たる審査の日に向けた餅菓子づくりの予定を、今後のレシピの一行目に頭の中で付け加えた。


end.

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