He's not hungry boy.


 週明けから生徒たちの声で賑わう〝ランチラッシュのメシ処〟で、初めにその異変に気付いたのは、彼の隣の席に座っていた飯田だった。
「轟くん、箸が進んでいないじゃないか。どうしたんだい」
 え、と雑談を中断して、同席の緑谷、蛙吹とともに、指摘を受けた級友・轟焦凍のほうへ目を向ける。見れば確かに、もう昼食の時間はとうに半ばを過ぎているにもかかわらず、盆に鎮座するざるの上、彼の大好物であるところの蕎麦がまだ小山を成している。
「あらほんと。珍しいわね、轟ちゃん」
 続く蛙吹の言葉に、お茶子もうんうんと同意の頷きをした。普段からあまり多弁ではない轟は、食事中も人の話は聞きつつ手を黙々と進めているたちで、食べやすい蕎麦を好むのも手伝い、場で一番に食事を終えていることも珍しくない。飯田と緑谷はもうほとんど自分の皿を空にしかけているから(男の子は食べるのが早いなあ、と常々思う)、いくら大盛りで頼んでいるとは言え、今日は明らかにペースが遅すぎる。
 ん、と箸先を浮かせたまま轟が小さく頷き、
「なんか今朝からあんまり腹が空かねぇんだ」
 いつもと特に変わらぬ声音でそう答えた。
「えー平気なん? 風邪?」
「ゆうべ食べすぎちゃったとか?」
「体調が良くないなら早めに保健室で診てもらったほうがいいぞ」
 大人がどうなのかはまだ知らないが、自分たちぐらいの歳ごろの学生、特にヒーロー科生徒にとって、食欲は自身の健康を知り、保つための大事なバロメーターのひとつだ。日々の運動はもちろんのこと、おのおの個人差はあるものの、個性を持続的に使用するためには、糖質や脂質を直接の生成源にする砂藤と八百万の例に限らず、誰しも大なり小なりのエネルギーを必要とする。食べねば動けないし、逆に身体や個性の活動になんらかの変調がある時は、食欲の有無にもそれがはっきりと表れることが多い。
 瞬間の高出力を伴う個性ほどカロリーの消費が激しい傾向にあるようで、強力な氷と炎を操る轟は、その涼しげな見目に反してクラス内でも上位に入る健啖家だ。もっと高カロリーのメニューを増やせば毎回それほどの量は要らないと思うのだが、と眉寄せる飯田の忠言を右から左へ受け流しつつ、ざるにこれでもかと山盛りにされた蕎麦を、いつも平然とした顔でぺろりとたいらげてしまう。
 そんな彼に食欲がないと言われれば、何ごとかと思ってしまうのはまあ当たり前のことで、三人続けざまに飛ばした言葉に轟自身もわずらわしげな反応は見せず、また素直に頷き答えた。
「具合が悪いわけじゃねぇと思う。ゆうべ砂藤から試作だっつってもらったクッキーだかケーキだか食って寝たから、そのせいかも」
「そうか。砂藤くんの手作り菓子はとても美味しいから我慢が利かなくなるのも仕方ないが、寝る前の間食はほどほどにな。そのあとしっかり歯磨きはしたのかい」
「ちゃんと磨いてから寝た」
「それなら結構。もし違和感が続くようなら胃薬もあるから、いつでも声をかけてくれ」
「ん。そうする。ありがとな」
 友人というより親子、それも世話焼きの母親と幼い息子のようなやり取りがほほ笑ましく見えたのか、隣で蛙吹がケロケロとやわらかに笑った。お茶子も言葉はお母さんなのに腕の動きはロボ、な飯田の様子がおかしくて噴き出してしまいかけたが、ちょうど味噌汁を口に含んでいたところだったのでどうにか我慢した。
 余ってしまいそうな蕎麦は緑谷と飯田で三分の一ずつ分け請けることに決まり(緑谷が何か懐かしげな顔を浮かべていた。きっとお茶子の聞けない男子三人の秘密の思い出だろう)、その後は砂藤特製の菓子の話に話題が移って、まだ試作品が余っていたらおねだりに行っちゃおうか、などと笑い交わしながら、いつもの通り和やかに昼食の時間を終えた。
 特段大ごとと見なされず終わったかに思えた「異変」が続いていたことが判明したのは、その翌日の夜のことだった。
「あれ? 轟、今日もあんまり食べてないじゃん。どしたの?」
 寮の食堂に上がったのは芦戸の朗らかな声で、たまさか周囲の会話が同時に途切れたタイミングであったため、余計に高く場に響いた。次に声を発したのは向かいの席の轟ではなく、後ろのテーブルに着いていた飯田だった。
「芦戸くん、今なんて?」
「え、轟があんま食べてないって」
 言葉が終わるのを待たず、がたん、と椅子蹴って立ち上がった飯田が、芦戸と轟のもとへ早足に歩み寄る。隣のテーブルにいたお茶子は着席のまま背を伸ばして轟の手元を覗いた。食べ始めからの時間に対し、明らかに減りが少ない。
「轟くん」
「……おう」
 隣に立った飯田を見上げる轟は、珍しく困った顔をしていた。どう説明すればいいのかわからない、と思っているらしいことが、付き合いの浅い人間でも容易に読み取れそうなほどだった。
 とは言え、わからないということがわかったところでどうしようもない。轟の反応を見た飯田はそれ以上に本人を問い詰めず、代わりに周りのクラスメイトたちに情報を求めた。既に場の視線は全て集まっている。
「そういや昨日の夜も残してて、俺腹ペコだったから揚げもの代わりに食ったわ」
「今朝あれだけで足りるのかなって気になってた……」
「昼に隣にいたが、珍しく大盛りにしていないのだなと思ったな」
 まとめると、お茶子たちが聞き知っていた前日の朝から今日の夜に至るまで、ずっと食が細いということになる。寮での食事は席もまちまちで、おおよそメンバーの固まる昼食も今日は別であった。偶然が重なって常に違う人間と相席していた結果、発覚が遅れてしまったらしい。
「具合は別に悪くねぇ」
「丸二日も食欲がない時点で具合が悪いと言うと思うぞ。胃が荒れているとか、熱が出ているとか、ほかに症状はないのかい?」
「特にない」
 あっさりと首を振る轟の言葉に嘘はないように聞こえる。しかしじゃあ大丈夫か、と簡単に見過ごすことのできる仲間たちではない。心配の目を向けつつやんやと騒がないのは、最も心配性で世話焼きで、なおかつ彼の親友でもある委員長に託すのが最善と知っているからだ。
「日曜の夜は普通に食べていたし、そのあとは……、……そうだ、砂藤くんにお菓子をもらっていたろう。そんなに沢山だったのか?」
 そんな問いかけで次の注目を集めた砂藤が、頭を掻きつつ代わりに答えた。
「小さいフィナンシェを一つか二つ渡しただけだぜ。いっぺんに食っても今日まで残ったりしねぇよ。ほら、ゆうべ蛙吹と麗日にもやったやつ」
「あ、いつの間に! ずるーい!」
「えへへ、おねだりしてもた……」
「苺の甘みがしっかり出ていてとても美味しかったわ」
 抜け駆けを笑ってごまかしていると、
「あれ甘かったのか」
 渦中の轟がぽつりと言葉を漏らし、え、と再び周囲が沈黙する。困惑の空気の中、蛙吹が静かに訊ねた。
「ええ、ほんのり甘過ぎないぐらいだったけれど。轟ちゃんはどんな味がしたの?」
「味しねぇって思った。試作品だから珍しく砂藤が失敗したのかもしれねぇって」
「……ちゃんと味見したから大丈夫だったはずだぞ」
「ひょっとして、味覚障害でしょうか……」
 砂藤からの補足と八百万の推察の言葉に、不安のさざめきが広がった。轟くん、と飯田が前のめりになって呼びかける。
「すぐ保健室へ行って診てもらおう」
「もう八時だぞ。救急ってほどでもねぇのに迷惑だろ」
「じゃあ明日の朝、始業前に行こう。俺が付き添うから。もし勧められたらそのまま病院へ行ってもいい。八百万くん、すまないがクラスのことは頼めるかい」
「ええ、万事お任せください」
 轟はなおも納得の行かなげな――と言うよりは、自分の身のことだというのにどこか理解の追いついていなさげにも見える顔をしていたが、飯田の緊迫の様子と周りの無言の同調に押され、意固地にはならずに承服した。理由がわかってすぐ治るといいね、と頷き合い、その夜は皆あまり場に居残らずに早寝をしたようだった。
 翌日、約束通り始業前に保健室へ向かった轟は、一限開始後十分という予想外に早い時刻に教室へと戻ってきたが、彼自身ではなく同行した飯田の面持ちにより、芳しくない診断が下されたことが一瞬にしてクラス全体に伝わった。詳しい原因は不明で、味覚障害を併発しているからおそらく心因性だろうということだ、と次の休み時間中に説明した飯田はずっと表情を暗くしており、診察された当人よりよほど調子が悪そうに見えた。
「心因性っていうとストレスとか?」
「轟くん、何か心当たりある? あ、僕らに話しづらかったら不躾でごめんなんだけど……」
「いやいい。けど本当に嫌なこととかなんもねぇ」
 首を振る、どころか傾げてしまっている様にはやはり嘘もごまかしも感じられず、それだけに周りでの対処のしようもなかった。見た目もふるまいも至って健康そうであるのに、その日も朝から食だけが進まず、リカバリーガールの助言に従って摂取しやすいゼリー飲料などの栄養補助食品とサプリでひとまずの補給を行った。学年の担当教師陣には状態をありのまま報告のうえ、轟自身はやや不服げであったが、大事を取って演習も見学となった。
 そんな状況が水曜、木曜と好転しないまま続き、すっかり憔悴の様子に陥ってしまったのは、轟本人ではなく、異変の第一発見者であるところの飯田であった。
「飯田くん、だいじょぶ?」
「……ああ、俺は何も問題ない、大丈夫」
「全然大丈夫に見えへんよー」
「飯田くんが無理して調子悪くしちゃったら、轟くんも心配するよ」
 実際、週が明けてからの轟は、事の発覚した二日目こそ偶然のすれ違いを起こしていたが、あとの時間は可能な限り飯田のそばにくっ付いて行動しているように見えた。心の底から自分を案じている飯田を逆に気にかけていて、こんな状況でなければ少し笑いが漏れてしまうような、ちぐはぐなやり取りを交わしていたりもする。
 まあそれは前からかもやけど、と、消沈顔の飯田を気遣いつつも、お茶子は胸の中でそんなことをこっそり考える。
 一年の頃から親しくしていた二名は、あの過酷な戦いを経てますます仲が深まって、どんどん距離が近付いて、近頃では友人、あるいは母子と喩えるにはあまりに甘ったるくインモラルな空気を生じさせることさえあって、最高学年に進級した今や、クラスの全員がいつどのタイミングで背を押してやるべきか、いやもういっそ小一時間ばかり箱にでも閉じ込めたほうがいい、これ以上は見て見ぬ振りが続かない、と思っているほどぎりぎりの、誰が呼んだか〝総天然両片想い大型不発弾ども〟になっている。
 そんなこんなが元となって多少の気苦労をこうむることはあれど、ふたりとも大事な友人たちだ。いずれ関係が幸せに成就することを願っているし、勝手にやってて、などと放っておくことはもちろんできない。事態変わらぬ金曜の朝、普段は教室の隅まで響き渡るおはようの挨拶もひときわ小さく、しゅんとうなだれたまま席に着いた飯田の机に集まり、緑谷とアイコンタクトを交わして、いざと頷き合った。轟は経過報告と再診察のためひとりで保健室を訪れており、不在の今こそ好機だ。
「飯田くん、ひょっとして轟くんのこと何か知ってる?」
「私らで良ければ話してみて!」
 広い肩がこわばり、すぐにがくりと角度を落とす。図星の反応。
 思えば事の発覚当初から、飯田はどこか様子がおかしかった。いくら轟に特別の想いを向けているとしても、倒れたわけでもないのに食事の最中に椅子を蹴って席を立ったり、時間を忘れた提案をしたりするような人間ではない。加えてこの三日、日ごとに深まる悄然の様。ただ体調を心配しているだけとするにはあまりに共鳴過剰だ。きっと何か、彼だけの秘密を抱えてしまっている。
 それがふたりの仲を変にこじらせてしまうようなことであったら、と、気が気でないのはお茶子と緑谷だけでなく、声をかけた瞬間から、周りの仲間たちもあからさま過ぎない態度でこちらに注意を向けたのが伝わってきた。飯田だけがそんな周囲の様子にまるで気付かず俯いたまま、小さく苦しげな声を落とす。
「……僕のせいかもしれない……」
 これは深刻だ、と直感して、また緑谷と目を合わせた。心が強く揺れ動いている時の飯田は、一人称が無意識に昔のものに(と知っているのはお茶子を含めて数人のようだが)戻ってしまうらしい。
「轟くんと、何かあった?」
 慎重に慎重を重ねた声音で緑谷が訊ねたが、飯田はもうひとかたの親友の問いに答えなかった。たくましい首が弱々しく左右に振られる。
「すまない。まだ君にも話せない……」
 まだ、ということはいずれは、とも受け取れるが、どうであれ安心できる返答ではなかった。ひょっとしてひょっとすると、と、こちらも口にはできない、しかしおそらく仲間たちの大多数と共有しているだろう、嫌な予感が頭から消えてくれない。
(飯田くん、轟くんのこと振っちゃった……?)
 いやまさかどう見ても両想いなのに、しかし真面目な飯田が互いの、主に轟の将来を憂いてということは充分にあり得る、そうだとして轟は全く諦めていない様子だが、それがなおのこと強いストレスを生じさせて――と、教室内の不安と疑念がピークに達し、爆発寸前にまで膨れ上がりかけたその瞬間、
「飯田!」
 がらりと扉を開き、張り詰めた空気を打ち破ったのは、まさに場の全員の脳裏に名が浮かんでいたA組一のモテ男、天然不発弾の片割れこと轟焦凍だった。
「轟くん……?」
「飯田、わかったぞ」
 ひと息に集まった視線を一顧だにもせず、高らかに名を呼んだ親友のもとへまっすぐ歩き進んでくる。さっと左右に分かれたお茶子と緑谷のあいだに立った轟は、ゆっくりと顔を上げた飯田を見つめて言い切ったかと思うと、机に置かれていた手を流れるような動作で自分の両手に取り、握り締めた。
「と、轟くん」
 驚き顔を赤く染める飯田に負けず劣らず、お茶子含む周囲も大いにあせった。再告白か、いやそれともやはり初告白か、いずれにせよタイミングが悪すぎる、と直前の飯田の弱りようを思って案じたが、そうかと言って待て止まれと手綱を引ける者はいない。
「リカバリーガールにもう一度しっかり診てもらった。やっぱストレスのせいで間違いねぇみたいだ」
「……それはつまり、……やはり俺が原因で……」
「そうだな」
 いや頷いちゃうのか、たとえそうでもそこはお前のせいじゃないって言わなきゃ駄目なんじゃないか、と声にならない共有意識だけが場に浮かび上がり、そんな周囲に気を向ける余裕などないだろう飯田は、また深々と沈み込んでしまった。
「すまない……俺が至らないせいで、君にひどい迷惑を」
「違うぞ飯田、たぶん俺のせいだ。俺、今までこんな嬉しいと思ったことなかったから」
「……え?」
「え?」
 飯田に次いで思わず漏らしてしまった声が緑谷と重なり、おそらく仲間たちの心の声とも重なった。ただひとり上向きに高揚した様子の轟が、潤みかけている赤い瞳を上からじっと覗き込んで、言葉を続ける。
「嬉し過ぎることもストレスの原因になる場合があるって教わってきた。急に幸せになったのに身体が耐えられねぇで、調子悪くなることがあるらしい。俺、日曜にお前に告白して、付き合ってくれることになってから浮かれ過ぎて、胸と腹がずっといっぱいになってるみてぇで、それでものが食えなくなっちまってた」
「ふえっ」
「え?」
「え?」
「は?」
 衝撃の事実が判明し、今度は周りの幾人かの声があとへ連なったが、自分たちの世界に入ってしまったふたりにはもはや何も届いていない。二色の瞳をきらきらと音が鳴らんばかりに輝かせ、光の花の咲くような笑みを浮かばせて、轟はなおも言いつのる。
「砂藤にもらったやつも、お前とキスした時のほうが甘かったなと思ったら、味がねぇような気がしちまった。嫌なことだけがストレスになると思い込んでたから、全然気付かなかった。色々勘違いして悪ぃ。けど、これが普通だって感じるようになったらすぐ治るみてぇだから、大丈夫だ。心配かけてごめんな」
「ひぇ……」
「わあ」
「わあ」
「日曜の夜にやけにテンション上がって見えたのそれかー」
 だからちょっと落ち着くかと思って菓子渡したんだった、と証言する砂藤の言葉も今は遠く響き、片や世界的アニメ映画に登場するプリンスのごとき佇まいの男前と、片や口開けて固まった真っ赤なくるみ割り人形のごとき男前、このたびめでたく処理のなされたらしい元不発弾の二名は、教室奥の席で時間の警告兼腹いせに鳴らされたのだろう本物の爆発の音にも一切反応せず、ただただ見つめ合い続けている。
 時計を見れば朝礼開始までもういくらの間もない。どうにかこの混迷の場を収集せねばと踏み出してくれたのはさすがの胆力の緑谷で、お茶子も気合いでそれに続いた。
「飯田くん、えっと……よ、良かったね、轟くんが飯田くんと、その、お付き合いを始めたのを後悔してるとかじゃなくって……」
「そ、そっか、飯田くんも勘違いしちゃってたんやね」
 はた迷惑、と嘆じる気持ちと素直におめでとうと祝福したい気持ち、今の状況ではフィフティ・フィフティといったところだ。まずは天然王子をここから引きはがして自席へ着かせて――と、当座の始末の算段を巡らせ始めるのが先か、天然くるみ割り人形、もといお母さんロボ、もといA組の頼れる委員長がぐらりと上体を揺らした、と思った次の間、
「飯田っ」
 成就間もない恋人の呼びかけもむなしく、その手をするりと抜け、ぷすん、と弱々しい排気をエンジンから吐いて、口を四角く開いて完全に固まった身体は、そのままの姿勢でゆっくりと横へ傾き、鳴り渡る予鈴の音と同時に冷たい床へと倒れ込んでいった。


 翌日、土曜の昼も人であふれた、普段に増して賑わいを見せる〝ランチラッシュのメシ処〟の一角にて。

「ちょっと轟、いくら蕎麦でもさすがに食べ過ぎだよ!」
「何食っても味がしねぇ……全然腹いっぱいにならねぇ……」
「完全に飢えちゃってるじゃん……」
「委員長早く復帰してくれー!」
「飯田くんは具合どうなん?」
「今朝の時点でまだ四十度以上あるって言ってたからなぁ……」
「二、三日は起き上がれなさそうだな」
「ストレス性高体温と呼ばれる症状ですわね……」
「知恵熱ってやつかあ」
「轟ちゃんも飯田ちゃんもまるで赤ちゃんみたいねぇ」
「笑ってる場合じゃねェよ梅雨ちゃんー」
「飯田の顔見ながらメシが食いてぇ……」

 ようやく結ばれたばかりの想い人から引き離され、極度の滋養いいだ不足に陥ったド天然その一がざるでわんこ蕎麦に挑みかけるのを必死に止めつつ、羞恥の許容越えオーバーヒートを起こして見事失神、のち面会謝絶となったド天然その二の復調を待ちわびる三年A組の団結の姿は、雄英高校の歴史の一ページに刻まれ、彼らが立派に独り立ちする後年の日まで、しかと語り継がれていくのであった。


おしまい。

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