With the biggest love!
八月二十二日はターボヒーロー・インゲニウムの誕生日。そのことは俺だけでなく彼のファンならもちろん誰でも知っている。ファンでなくとも、毎年恒例で公安委員会から発売されるカレンダーを買えば、他のチャート上位ヒーローたちに並んで、白のメットを着けた彼の顔が、その日のマスに載っていることをすぐに知れる。
夏の青い空も、白い雲も、その下に咲き誇るひまわりも、熱く爽やかなキャラクターに実に良く似合う。当日を待たず、夏が来れば指折り数えてその日を想うのが彼の熱心なファンの習慣だ。
もちろん、想うばかりではなく、しっかり行動も起こす。年に一度の特別な日。ファン力(ふぁんぢから)を発揮するに逃すべからざる記念日だ。
彼は昨年婚約を発表し、今年そのまま結婚したので、夜をパートナーとの時間に充てる代わりに、と考えてか、昼はファンのための交流会が開催されるようになった。昨年から始まったバースデーチャリティイベントは、チームIDATENによるワンマン運営かつクローズドな催しで、たとえ友人であろうと、もちろん恋人であろうと、事務所部外者の立ち入りは叶わない。抽選に当たったひと握りの幸運なファンのみが、彼にその場で直接おめでとうを伝えることができる。
毎年ランダムに入れ替わるよう配慮されるという当選権は、それでもあまりに狭き門で、発表後はネット上に哀しみの声があふれていた。もちろん俺も参加はできず、当選を泣いて喜ぶメッセージを祝福と羨みの心とともに眺めた。今年もまた遠い空の下から彼を想うしかない。
後援会員へ事前に案内されたプログラムを見ると、今年も握手会の時間があるようだ。彼は普段グローブ付きのスーツを着ているので、直に手に触れられる機会はファンにとってはかなり貴重だ。熱い要望に応える形で参加しやすい握手会の開催も少しずつ増えていて、ファンサービス満点だと毎回非常に好評である。自分とて彼と握手をしたことはある。しかしイベントの場で自分以外の誰かが、あのあたたかな手にぎゅっと力強く包まれ、明るい笑みとまっすぐに向き合って、ありがとうございます、と一片の翳りもない感謝の言葉を告げられている、と思うと、インゲニウムはどのファンも贔屓せず平等に接し、平等に大事にしてくれる、とわかっていても、抑えきれない嫉妬の念が湧いてきてしまう。
さて、イベントに直接参加できないとなると、その時間に彼を祝福する別の方法としては、プレゼントという手段がある。昨年からのイベント開催に伴い、インゲニウム事務所は誕生日に合わせたプレゼントの送付先をイベント会場に指定した。識者によれば、事務所より安全な場所が広く確保でき、専用の仕分け体制も用意しやすい、一石二鳥のやり方だとのことだ。贈る側としても、たとえイベントへ行けなくとも、その時間中に彼の目に触れるかもしれない、という事実は大いにやる気につながる。当然検閲はされ、他の時期の進物と同様に寄付品へ回される可能性も高いが、それはどの事務所でも同じ対応だ。致し方ない。
最悪は処分を免れれば及第だが、とは言え、可能な限りに彼の近くへ届かせたい、その目に留めてほしい、できるなら直に手に取ってもらいたい、長くそばに置いてもらいたい、と思うのがファンの本音である。そのためにも、まずは会場に山と積まれることとなるだろう、他のプレゼントとの差別化を図らねばならない。端的に言えば目立たねばならない。きっと周りのファンも同じようなことを考え、それぞれに工夫を凝らしてくるに違いないが、熾烈を極めるだろう競争を勝ち抜き、どうぞ自分を見てくれ、開いてくれと、熱く訴えかけなければならない。
俺はヒーロー雑誌を買い込み、関係しそうなネット上の記事にも欠かさず目を通し、数か月かけて傾向と対策を学んで、計画を練った。
初歩的な策として、プレゼントは大きな品のほうがいいだろう。物の大きさと気持ちの大きさは決して比例しないが、単純に大きければ大きいほど目に付きやすい。だが大判の絵や、かつて実際に贈られて話題を呼んだ、等身大のフィギュアといったような作品系の品は、彼個人が受け取るのではなく、事務所に飾られたり、関連施設へ寄贈されたりする可能性が高い。そもそも俺にそんなものを創る技能はない。植物の類いも同様なので、花はぜひ贈りたいが、本命の品に添える程度にしたほうが良さそうだ。
添えるものならば、インゲニウムへのメッセージも同封したい。これはよほどおかしなことを書かなければ検閲処分されないはずだし、確実に彼に読んでもらえる(彼は定期的に「先日こんな手紙を頂いて」と感謝の言葉を発信し、ファンを歓喜させている)。だとすると、外から見える場所にも何か書いておくといいかもしれない。熨斗に「お中元」と書かれていれば、手に取るにもわかりやすく安心感があるのと似たようなものだ。
ラッピングは華やかに、ただしあまり派手すぎるものではなく、彼に似合うような清楚さもあるといい。白地に水色の縞模様の包装紙に、光沢のある青の幅広のリボン。箱の側面に銀色のカードを貼ろうと決めて、手書きのメッセージを書いた。勢いで「LOVE」と書いた。大げさすぎるだろうか。いや、ほかのファンだってこのぐらいは書くだろう。悪く思われるようなことはないはずだ。
注文しておいたプレゼントを入れ、【保湿】の個性で長持ちさせた花も詰め、最後に同封する手紙を書く。いわゆる美文といった要素に自信はないので、せめて読みやすく伝わる文章を心がける。
書いては消し、消しては書きしながら、もやもやと頭に浮かんでくるのは、強力なライバルたちの顔だ。彼のファンならみんな知っていることだが、インゲニウムは速く強く誠実であるのと同時に、とても情深いところが魅力的なヒーローだ。彼は人への好意をいつも隠さずまっすぐに語り、自分も同じ立場にありながら、「憧れ」「俺のヒーロー」と呼び、憧憬のまなざしを向けてやまない相手がいる。しかも複数いて、そのうちのひとりと結婚した。
そんな彼に、「俺のヒーロー」だと伝えたい。誰にも負けないほど好きだと伝えたい。イベント会場宛かはわからないが、ライバルたちからの贈り物やメッセージも届いているはずだ。全て蹴散らして一番になりたい。もっともっと愛を込めよう。ありったけの想いを綴って、一番のファンだと叫ぶのだ。
俺は決意を新たにし、「学生の頃からの大ファンです」という書き出しの文言から再考を始めた。これではとうてい敵わない相手がいる。もっと別の方向でアプローチをしなければ。
そんなこんなで完成に三日かかった手紙を入れて、ようやく封をしたプレゼントを、いざ会場宛に送り出した。無事到着するか気にかかり、いっそ自分で抱えて届けたい気分だったが、不安が顔に出てしまっていたらしく、配達員が笑って「間違いなくお届けします」と二度言ったので、信じて任せることにした。
当日は朝からそわそわとして落ち着かず、何度も携帯を確認してしまった。どうやらイベントは大きなトラブルなく盛況に終わったらしく、いくつかのネットニュースにも取り上げられていた。贈ったプレゼントが写真のどこかに映り込んでいないか、目を凝らして探してみたが、記事の中で〝ファンからのプレゼントもたくさん〟とまとめて触れられていただけだった。何が目立っていた、という記述も特になかった。
まあいい。彼へのたくさんの祝福のひとつとして、列の中に加われたのだ。少しでもおやと思われていたなら、一週間後にでも、ひと月後にでも、暇のできた時に手紙を読んでくれたなら。俺のヒーローに愛が届けられたなら、それでいい。
◇
――と、そんなことを思いながら家に帰った轟の目にまず飛び込んできたのは、見憶えのある箱だった。
事務所に置いていた時はあまり意識しなかったのだが、個人宅のリビングにどんと鎮座していると、大きいを超えて、馬鹿でかくすら感じる。高さが轟約ひとり分、幅が轟約ふたり分あるのだから、当然と言えば当然である。
「焦凍くん、ちょっと」
ぼんやりと廊下に立ち止まっていると、先に帰宅していた飯田に中へと呼ばれた。これはもうネタ晴らしをするまでもなく完璧に事を把握されている。しかし声を聞く限り怒っているわけではないようなので、手招きに従ってのこのこと隣まで歩み寄っていき、自分から訊ねた。
「検閲ちゃんと通ったか?」
「うん……『圧力鍋在中』と表面に大きく書かれたどう見ても鍋のサイズではない箱が届いたから、逆に怪しまれてね……優先でスキャンに回ってすぐに確認に呼ばれたから、君の字でわかったよ」
「目立ってたか?」
「びっくりするほど目立っていたよ……開けたら開けたで鍋より先に花がすごいし」
「勧められたバラのほかに、ひまわりも入れたかったんだ」
専門の花屋で頼んだから枯れたりはしてなかったと思う、と確認すると、それは大丈夫だったので事務所に飾らせてもらった、と答えが返った。こちらは予想通りの処遇だ。ひとまず捨てられなかったのは何よりである。
「で、鍋は……」
「欲しいって言ってたよな?」
続いて本命の品の検討に入る。み月ほど前であったか、どうも圧力鍋の調子が悪い、そろそろ買い替えるべきだろうか、と飯田が呟いていたのを轟は聞き逃さなかった。同居人の特権を存分に活かし、少々情緒には欠けるが、生活の中に置いてもらえそうなものを選んだのだ。
「うん、確かに言ったし、忙しさにかまけて買う機を逃していたから有難いのだが、これはどうも市販品ではないような……」
「すぐに壊れたり焦げたりしねぇように、発目のやつに相談して」
「んが」
「創るの頼んだのは八百万だから安心しろ」
昔からとみに相性の悪い天才エンジニアの名を出されて濁音を発した飯田へ、すぐにフォローの説明を聞かせる。自分で市販品を吟味するのも良かったのだが、圧力鍋は飯田の好物であるビーフシチューの調理にも使うし、より高品質のものを求めない理由はない。試作段階から時間も費用もそれなりにかかったものの、満足のいく品が完成したと思っている。
「そうか……それなら安心だ」
ほっと胸なで下ろす仕草を見て、良かったとも複雑だとも感じた。八百万に信頼があるのは当然だが、大事なパートナーに飛んだり跳ねたり回ったり爆発したりする光線を発射したりする物など押し付けやしないのだから、自分の名で贈った時点で信用してほしい。
名前と言えば、と思い出す。
「俺からだってすぐわかってなんかあるといけねぇから、送り主の名前は隠れるように運んでもらったけど、うまく行ってたか?」
「いや、うん、名前は見えてなかったが全く装えていなかったよ。君が丸出しだった」
「字でわかったのはお前だけだったんだろ?」
「そうだが……だって君、箱に貼ったカードになんて書いたか憶えているかい?」
日中の記憶をよみがえらせているのか、しゅばしゅばと腕動かし始めた飯田の顔がかすかに紅潮している。ああ、と頷いた。
「なんか準備してるうちに勢いが出て、『LOVE』って書いちまったな」
確かに本邦で使うにはやや大仰な文句ではあるが、これについては自分だけではなかったろう、と想像し、頷かせた首をそのまま横へ傾げると、飯田は頬の赤みを濃くしてぽそりと問うてきた。
「LOVE、の前後は……?」
「……『I』、『LOVE』」
と、そこまで文を紡いで、はたと気付く。静止した轟に代わり、もう、と飯田がお馴染みの文句を落とした。
「ヒーローイベントへの送付物に、あんなにはっきり『I love Tenya』なんて書いてくるファンはいないよ……」
「あー」
「スタッフが写真を撮ろうとするから必死に止めたりして……」
「……お前の名前、ローマ字だと『てにゃ』って読めてかわいいよな」
「はぐらかさない」
「ごめん」
やってしまった。素直に頭を下げると、まあ別に怒っているわけじゃないんだが、と言葉通りの声音で許された。しかし次いで「ちょっと困っただけで」と言われると、そうですかとは聞き流せない。
「困らせちまったか」
「あ……ええと、違うんだ」
反省モードに入りかける轟を見て、ぱたぱたと今度は横に腕を振り、手紙が、と飯田はいよいよ裏の本命のブツの存在に触れた。
「君があんなサプライズみたいなことをするなんて驚いたし、少し気恥ずかしくはあったが、とても嬉しかった。だから、呼ばれて中を開けた時に手紙が入っていることに気付いて、昼の休憩中にすぐに読んでしまったんだ」
飯田が良く幻視するらしい、轟の頭頂の猫耳がぴんと反応する。俺の大好きなヒーローがプレゼントを喜んで受け取ってくれて、手紙を誕生日当日に読んでくれた。ファン冥利に尽きる。調子に乗って、どうだった、と感想を求めた。
「緑谷とか天晴さんとかマニュアルさんに勝てる手紙になってたか?」
「なんで緑谷くんたちの名前が……」
「緑谷とマニュアルさんは微妙なとこだけど、天晴さんにはファン歴で絶対勝てねえからな。内容で勝負しようと思った」
いったいなんの勝負だい、と言って眉で困惑の八の字を作る顔が、じわじわとまた赤みを増していく。
「兄さんは確かにお前のファンだと言ってくれるが、仕事の時は切り分けて接しているし、あんな手紙を送ってくるわけないだろう……最初から最後まで明け透けすぎて、君とそのまま話している気分になったよ。読みながら顔から火が出るかと思ったし、そのあとふとしたことで何度も思い出して、色々へまをしてしまった」
「俺のありったけ込めたからな」
「ありったけ過ぎる……」
検閲に回る前に気付けて逆に良かった、と息ついてみせる飯田だが、こぼした音に険はなく、まとう空気はほのかな柑橘を香らせる。実兄にはさすがに勝てずとも、最古参に近いファン歴を誇る自分にはお見通しだ。これは全く怒っていない。
なので、一歩二歩、ほかのファンたちには難しいだろう距離まで近付き、どうだった、の目で赤い顔を覗き込んだ。もう、とこれもただのファンはなかなか聞かないだろう、彼の精いっぱいの悪罵が披露され、怒気とは真逆の情を伝えてくる。
「まったく、君ってやつは本当に……」
「本当に?」
もう一歩、はあえて止め、代わりに広げた腕を差し出して、続きを促す。
百本詰めたバラと同じ色はそのまま、大輪の夏の花のごとく大きく明るい笑みを浮かべて、百二十点満点の力強さで
抱擁をくれたヒーローは高らかに叫び応えた。
「最高のファンで、最高の恋人だ!」
Have a very happy birthday to hero, and his biggest fan!