ガレージロマン劇場。
地球に墜落して永い機能停止に陥ったトランスフォーマーたちをリペアし、現地で活動するための新たな車両形態を与えてくれたのは、サイバトロンの誇るスーパーコンピューター・テレトラン1であった。敵軍をも甦らせた過度の公平さはひとまず不問に処すこととして、その優秀な電子頭脳が各人の適性や役割に応じて選び出したビークルは、当然のことながらと言うべきか、それぞれの要求に充分足るものであった。が、やはり当然のことながら、一切の妥協なく完全無欠のもの、というわけでもなかった。
デストロンとの衝突がひと段落してのち、技術班からの提言に基づき、サイバトロン戦士たちは自分が獲得したビークルについて改めて情報を集め、各種の確認を行った。仕様や性能、地球での名や扱いを調べ、必要があればリスキャンを含む細部の調整を図り、また単純な姿かたちを仲間と見せ合って、雑談の題ともした。
そうした賑わいのなか、サイバトロン保安部長アラートは一人、正確には兄弟機と並んで二人、賑々しさとは無縁の難しい顔を浮かべて、集めた情報と向き合っていた。
「別にンな大層に考える必要もないだろ。そのままでいいって」
「だが、今後の活動を考慮すると……」
議論、と言うほどのものでもない二様の意見のぶつかりは、延々と平行線上を転がっている。こんな時ばかり良く似ている、などと揶揄されもする長兄と互いに譲らず主張を述べ合っていると、早々に脇へと抜け出した次兄から、おたくらも飽きないね、と、少しの感心に多分の呆れが入り混じる言葉を贈られた。
「サンストリーカー、お前もなんとか言ってやれって」
「所詮地球のもんだし、割とどうでもいい」
「だからと言ってまるで調べないのも感心しないぞ」
「お前は逆に調べ過ぎなんだよ、アラート」
論点がまたしても初めの位置まで戻りかけたその時、後方の戸口から兄弟機の集まるモニタ前へ向けて、重い走行音が近付いてきた。
「よお、またケンカか?」
三つ巴の場に躊躇なく乗り込んできた鮮やかな赤のビークルは、三機のあいだにその大きな車体を滑り込ませて止まり、陽気に問いかけを発した。まだ見慣れない姿ではあるが、無論、どの仲間かわからない、などということはない。
「申請のあった外出時間はとっくに過ぎてるぞ、インフェルノ」
「悪い悪い。司令官たちがニンゲンには友好的に接しろっていうから、寄ってくるやつといちいち話してたら遅くなっちまった」
そう悪びれずに答える部下兼相棒の新しいビークルは、地球の消防組織が使う緊急車両であった。素地となる工学技術の点では、この地で見られる他のあれこれと同様、サイバトロニアンの有するそれに比して旧式も旧式の代物ではあったが、役職上の溶け込みやすさと活動のしやすさは申し分ない。そもそもの保安機構すら持たない社会も宇宙にはごまんとあることを思えば、未知の惑星での駐留を余儀なくされるというこのトラブル下、最大限に幸運かつ理想の状況であり、最適の選出であると言えた。
インフェルノ自身も早いうちから満足の意を口にしており、機能部分に納得してのちは、仲間たちと一緒になって外見の品評に興じているらしい。
「チャージャーたちと何人かで走ってきたんだけどよ、俺が一番人気取ったぜ! 地球のやつらもなかなかわかってるよな」
得意げに笑い、一方のヘッドライトをこちらへ向かって瞬かせてみせる(それが人間を真似た動作だとアラートが知ったのはもう少しあとのことだったが)。ああうん、と曖昧に応じて視線をよそへ逃がした弟の言葉の続きをさえぎるように、ランボルが高く舌打ちを漏らした。
「でかいのを珍しがってるだけだろ。俺らだってすげぇ騒がれたぜ? なぁ」
「地球人の美的感覚は良くわからないよな」
「そこはこっちに話合わせろよ!」
サンストリーカーのにべもない返事に顔を渋くしつつ、ともかくお前みたいなごついだけの作業車とは違うからな、と妙に頑なな態度で言い切り、それで思い出したとばかりに、再びアラートへ言葉を向けてくる。
「こいつがこの感じなんだから、お前まではいいじゃねえか」
「しかし……」
「さっきからなんのケンカだよ。ビークルがどうかしたのか?」
再開しかかる応酬に変形音を割り込ませ、二足形態に戻ったインフェルノが取りなすように問いを発した。軽く頷き、答える。
「テレトラン1に車種のリスキャンを頼もうかと考えていたんだ。そうしたら」
「んな必要ない」
「……というようなわけで」
事態が進まずにいる、と自身で述べた言葉に改めて不毛さを感じ、口から深々と排気が漏れた。どこで噂を聞きつけたのか、とりあえず司令陣に伺いを立てよう、と資料を整理していたところへ押しかけられて以降、数刻に渡り同じやり取りを続けている。
「リスキャンって、なんか問題でもあったのか。お前のビークル」
インフェルノが不思議げに問いを重ねてくる。機体の一部位で終わるならばともかく、車両全体のリスキャンともなると、それなりの手間、そして意義を要する改修であるから、浮かんで当然の疑問ではあった。
問題とまでは言いがたいんだが、とまずひとつの答えを置いて、もはや口にするのにも飽き始めていた説明を改めて述べる。
「性能的に不足な部分は特にないし、機体適合度から言っても最良のものが選出されたんだと思う。だが、お前のような専用車じゃないんだ。資料によると、人間の消防組織にも指揮車と呼ばれる車両があるようなんだが……私がスキャンした車種とはだいぶ外形が異なっている」
消防救助の任を担うインフェルノを始め、軍内でも専門性の高い業務に当たる者たちには、概ねその務めにふさわしい特殊車両が与えられていた。しかしアラートのビークルに関しては、消防指揮という役職より、あくまでも元の機体との相性が優先されたらしい。選ばれたのは人間の使う消防指揮車ではなく、同型のランボルたちと同じ乗用車両であった。
「何が不満なんだよ。俺は気に入ったぜ。人間のビークルにしちゃ速度も充分出るし、見た目も悪かない」
こいつの趣味はともかく、とサンストリーカーからの評価へ先手を打ちつつ、やはり幾度目かになる言葉でランボルが意見を挟んでくる。部下への説明を兼ね、アラートももう一度細かな論拠を並べて答えた。
「移動走行や周辺の警邏任務だけなら支障はないと思うが、おとといの会議で、この地でも保安消防の主管役を任せて頂くことが正式に決まった。そうなれば話は別だ。現地民とのパートナーシップを強化する意義も含めての任務とのことだったし、デストロンの諜報員もまたすぐに動き始めるだろう。今のビークルでは悪目立ちしてしまう恐れがある。活動のしやすさや関係性の構築を考慮するなら、人間たちが既に馴染んでいるだろう、通常の消防指揮車へ移り換えを行うのが得策だと判断した」
司令部への稟議申請に記した文言よりは噛み砕いて述べたつもりであったが、それでもまだ明快には理解しかねたらしい。インフェルノはぽかんとした表情で首を横へ傾げた。
「……つまり?」
「つまり、現時点ではまだはっきりと問題になってはいないが、のちのち問題になるかもしれないから今のうちに換えておくってことだ」
「ふぅん。お前らしいな」
笑われ、悪かったなと返すと、別に悪いと思ってるわけじゃない、とまた笑われた。こちらがさらに反駁を重ねる前に、話題を仕切り直される。
「つーか、そもそもお前の新しいビークルってどんなんだったっけか。言われてみりゃまだちゃんと見てなかったんだよな。ずっとどたばたしてたし」
それは確かだった。地球での活動開始以来、インフェルノは本隊と別の出動部隊に編成され、アラートは基地の整備と防衛に当たっていたので、互いにビークルモードのまま顔を合わせたのはほんの数回、いずれもわずかな時間にとどまっている。
「車種はランボルたちと同じもので、塗装は……」
「いや、目の前にいるんだし、実物見せてくれよ」
「え」
ほらトランスフォーム、とかけ声を送られ、気が進まないながらも変形を行う。車体の傍らに足を進めてきたインフェルノが「ほー」だの「へえ」だのと言いながら本気の見分を始めたため、落ち着かない心地でじりりと後ろへ下がった。
「色なんかはそのままだな」
「本来は赤一色の車種なんだが、同型が三機いるから元の色が生かされたらしい。警告灯も元の車両には存在しない。そのために非実在性がきわ立ってしまっているのも気にかかる」
考え過ぎだっての、と横からランボルの合いの手が飛ぶが、ひとまず無視を決め込む。相棒のほうはうんうんと頷きながら果たしてどんな感想を持ったものやら、講評より先に「地球における実在の消防指揮車」について訊ねかけてきた。
「モニタの左上に映っている画像がそうだ」
「へぇ。ハイドのおっさんのがあんなやつだったよな。確か」
「同じものではないが、車型は近しいな。人や通信機器の積載を重視した乗用車両で、中規模以上の消防組織では標準的に配備されているらしい。警告灯もある」
ビークルそのものが同時に作業者でもあるサイバトロニアンに対し、地球の人間たちにとっての車両はあくまで道具のひとつに過ぎず、指揮車に必要とされる機能は実際の指揮役たる作業員の確実な運搬と、その仕事の補助である。こうしたいかにも飾り気ない車両となるのは、理に適った結論と言えるだろう。
「けどよ、あれをスキャンしたら、お前ひょっとするとロボのほうの形も変わっちまうんじゃねぇか?」
「うん……まあ、そうだろうな」
あまり触れたくない話題であったのだが、嘘を語るわけにもいかず、肯定の言葉を返す。案の定、横手で大げさな反応があった。
「弟がアイアンハイドになっちまうなんて、兄ちゃん絶対いやだ!」
「失礼だろさっきから……それに、そこまで大幅には変わらないはずだ。容積が足りないから、そのあたりの影響は相応にあるだろうけど」
多少の外形の差異は変形システム上で制御できるとしても、基盤となる機体との適合性を考えれば、何もかも無制約とはいかない。アラートは汎用中型機だが、くだんの車両はアイアンハイドのような中大型機に適合するもののようだ。どうしてもそれを希望するなら、まず基盤側に手を加える必要があるだろう。まれだが、前例のないことではなかった。
「色も変わるだろ?」
「ああ」
形だけ変えて色を放り出しにする理由はない。赤一色になる程度であれば、さほど違和感はないだろう。地球の消防組織が自分たちと同じ色を選んでいたため、自慢の機体色を変えずに済んだ、と喜んでいた相棒の姿を思い返しつつ、短く答える。
インフェルノは賛成や反対の意見を唱える代わりに、再度正面のモニタを見上げた。
「右上の画像が、その地球の指揮車と、俺がスキャンしたビークルが映ってるやつだよな」
「あれは通常のポンプ車だから、正確に言えばお前のビークルとは違うものだが、まあだいたい似たような感じかな。あれなら現場で並んでても違和感ないだろ」
だから、と結論の言葉を続けるのを、唐突な変形音がさえぎる。再び目の前に現れた赤の大型車はいかにも武骨な外形をしており、車体がこちらから見上げる位置となっただけよりいかめしく、より勇ましく見えた。
またじりりと、無意識に車輪を後ろへ回す。テール部が背後の椅子に当たり、かつんと小さな音を立てた。
「んー」
互いに視線がないため測りづらいが、インフェルノはどうやらこの部屋を撮る監視映像を見ているようだった。軽く考え巡らすようにうなって、不意に、言う。
「別に違和感なくねェか?」
「え?」
「このまんまで並んでても」
思わぬ言葉を受け、まじまじと正面を仰ぐ。軽い口調で評が続いた。
「俺が今日話してきた感じじゃ、そのへんのニンゲンは特に車だの機械だのに詳しいってわけでもないみたいだったぜ。ついでに消防にも。逆にこっちが今のビークルの役目やら性能やら訊かれたぐらいだもんよ。指揮車の形なんざ、知らないやつがほとんどなんじゃねぇかな」
「しかし、この車両はあまりにも……華奢と言うのか」
頭上のフロントガラスに映る自分の姿を見つめる。先鋭的な車形や造りの希少性を重視した、言うなれば好事家のための車であるらしい。性能は保証されているが、火の燃えさかる現場で働くのに似合いの姿ではない。
「もともと俺はほかの保安部員に比べても単純出力に劣っていたし、これを機に中大型を選ぶのもいいんじゃないかと思って」
実際のところ、今のこのビークルのほうが、リスキャンを考えた車種よりはよほど、生まれながらにして持った母星のビークルに印象が近い。全体に実用本位で角張った種の多い地球製の車両の中でも、希有に違和感のない造りのものだろう。
しかしそれだけに、事故以前から存在していた、別の違和感とも言うべき差異が、ここへ来てより大きくなってしまったのだ。
「ランボルはあまり気に入らないようだけど、俺も、その……お前みたいな『作業車』がいいかなって」
ちらと前を見上げ、呟くように心根を口にする。新たな形を得て、より重厚さが増した赤の機体。勇壮を絵に描いたような救助員の姿に、そして彼と隣立つにふさわしい、堂々として力のある姿に、アラートは長くひそかに憧れを抱いていた。
「まあ、そんな感じだ」
どう思う、と確かめるまでもなく、軽い声音の賛同があると考えていた。部下が誇るその姿の優位を、上官自ら認めたようなものだ。いいじゃないか、と笑って歓迎されると思っていた。
だが、言葉が返るまでには、思いのほか長い間があった。
「んー……、そうだなァ」
いつになく歯切れの悪い声が落ち、次に発された意見に、アラートは驚きを禁じ得なかった。
「どうしてもってわけじゃないが、俺も今回はお前の兄貴に賛成かな。変える必要ねぇと思う」
「え……?」
思わず反問の音が漏れる。おっと、とインフェルノが言葉を急いだ。
「先走んなよ。別に意味がねぇって言ってるわけじゃないからな。そのままで充分ってこと。お前の出力が低いのは、そのぶんセンサーだのほかのもんに気を回してるせいだろ? 俺みたいに火に飛び込んだり瓦礫をかついだりする役目じゃないんだから、ちょっと華奢なぐらい構わねぇさ。お前が後ろでおとなしく……ってのもなんだが、指揮に集中してくれてなけりゃ、こっちが困っちまう」
お前が現場に出張ってる時は、自分のセンサーなんざほとんど切ってるようなもんだからな、とここでようやく声に笑いをにじませ、続ける。
「今までそれでうまくやってきたんだ。ここいらの常識がどうだからって、わざわざ手間かけて合わせてやることもないだろ。移り換えって簡単に言うが、規格まで変わるってなった日にゃ、負担もそれなりにあるって聞くぜ」
「それはまあ、そうだが……多少のリスクは」
「自分のカラダにも用心深くなろうぜ、相棒よ」
アラートの抗弁をあっさりとしりぞけ、自分の呼びかけの語で改めて気付いたように、そうだ、とインフェルノは声を一段高めた。
「俺ァ、ちょっとばかり文句が言いたいんだぜ。アラート」
「文句?」
日ごろ聞かない饒舌に気圧されて、唐突な語をおうむ返しにすることしかできない。ああ、とすぐに言葉が後へ連ねられていく。
「俺たちはチームだろ。相棒だろ? そういうことは兄ちゃんたちより先に、相棒の俺に相談してくれるべきなんじゃねェのか? もし何も聞かされないまんま、朝起きて相方が急にハイドのおっさんになっててみろよ。どう控えめに言っても腰抜かすだろ?」
「だから別にアイアンハイドになるわけじゃ……」
兄ふたりも勝手に押しかけてきただけであって、こちらから相談をしていたのではない、と反論したものの、それでも事前に自分へ伝えるつもりはなかったのだろうと指摘されれば、口をつぐむしかなかった。
「俺、頭が回らねぇから、お前がそうやって難しく考え込んでることとか、なかなか思いつかないんだよ。んで一人で決められるとどうせ後から喧嘩になるし。面倒かもしれんが、なんか悩んでるんなら先に言ってくれ。リスキャンなんて軽い話じゃないだろ」
頼むぜ相棒、と言いつのる声は充分に荒いでおり、既に喧嘩になりかけているように思えたが(そうした際にお決まりのごとく、掛け合いが始まった段階から兄ふたりには放置と傍観を決め込まれた様子である)、その粗野で愚直な心情も過ぎるほどに伝わったため、余計な揚げ足取りをする気にはならなかった。
「……すまん」
確かに独り勝手であったと、我がほうの非を正直に認めて、謝罪を示す。車両形態のままでなければ、前のガラスには情けなく首を俯けた顔が映っていただろう。
「お前が自分のビークルを気に入っていたようだったから、近しい車種なら特に反対はないものと決めつけていた」
小さく落とした言葉に、いやまあ、と返った声は、一度火を見せて落ち着いたのか、負う熱をだいぶん弱めていた。
「俺のほうはそうなんだけどよ。お前はお前だし、俺にとっちゃあ、少しちっこくて頼りないようなぐらいがアラートって感じがするっつーかなんつーか……」
言葉を濁しつつ、またじろじろと見分を始めるのを感じる。さすがに今の評価には憤っておくべきか、と考えをまとめる前に、うん、と一人納得する声が落ちた。
「やっぱり、もったいないぜ。赤一色もいいが、お前にはその色がいい。その色が良く似合ってる」
さらりと断ぜられ、選びかけていた文句の言葉が散り消えた。形も確かに悪くないよな、などとなおも賛を重ねられて、もう後ろへは下がれないことを思い出した車輪が、その場でむなしく空転する。
「……ちょっと気取り過ぎじゃないか?」
「そこまででもないだろ」
「車高もほかと比べて妙に低いし……」
「速そうでいいじゃねぇか」
「ドアの開き方なんてこんなだぞ」
「うわなんだそれ、カッコいいな」
ニンゲンの前でやってみろよ、きっと大受けするぜ、と愉快げに笑われて、胸の中の澱がどこかへこぼれ落ちていくのを感じる。日頃から馬鹿だ単純だと部下に小言する自分こそが、本当は最も単純な心の有りようをしているのだろうと、もうずいぶん前から自覚はあった。
それ以上の応答の言葉の浮かばないアラートをしり目に、そうだ、とインフェルノが明るく声を上げる。
「アラート、今から二人で走りに行かないか」
「えっ」
「お前が言ったような理由を書いときゃ、試走ってことで事後申請も通るだろ。俺と並んで走って、特に目立った問題がなけりゃ、リスキャンの手間もなくなってハイ終わりで済むんだしよ。何かあるならまたその時に考えようぜ。さっきから見てる感じじゃ、全然ヘンでもなさそうだけどな」
論より実践の信条を全面に押し出した、実にらしい提案とともに、またぱしりとヘッドライトを瞬かせて、
「お前、ここしばらく中で働き詰めだったろ。ちょうど兄ちゃんらが来てくれてんだし、留守任せて久々にのんびりドライブでもしようぜ。な、相棒」
快活な笑みが浮かび見えるような声で、言う。一瞬、せっかく賛辞を得た二色の塗装が、一方の色に染まりきってしまうのではないかと錯覚した。
どうにか平静の地点に踏みとどまり、言葉を返す。
「そ……そうだな。論拠のひとつとしては実地調査も必要だろう。何にせよ、まだ未知の部分の多い土地なのだし……」
「そういうこった。今から出りゃ、ちょうど太陽が山向こうに落っこちるとこが見られるな。なかなかいい景色だぜ。周り全部真っ赤になるんだ。お前も割と赤好きだろ? ハイドのおっさんみたくなろうとしてたぐらいだしよ」
「別にアイアンハイドになろうとしてたわけじゃないけど、まあ、うん。好き……なほう、かな」
もはや何を口にしているのか自分でもおぼつかない、ふわふわとした心地で、緩慢に車体を前に進める。促されるまま大型車の先へ出て、馴染んだ位置から鮮やかな赤を後ろに見上げた。
「ええと、あの……考えてみれば、これぐらい車高が低いほうが、お前の視界が広くていいかもな」
「ほらな。実際走ってみりゃいいとこが出てくるんだって」
「うん」
そうだ、きっとそうなのだろうと、己へ言い聞かせるように幾度も心中で唱え、背向こうの兄弟機たちに留守居を頼むどころか、その存在さえも半ば忘れて、ゆっくりと走り出す。すぐに後ろを追いすがってくる、まだ聴き慣れたとは言えない重たげなエンジン音の波形が、無性に心地よくセンサーに流れ込んだ。
そうして大小二種の車両が去り、喧騒一転、冷えた空気の残った資料室には、
「……」
「これあとで時間外手当要求してもいいやつ?」
「……」
「あ、お揃いの車のままでいられそうで良かったな、お兄ちゃん」
「……納得いかねェ……」
地球史上最初で最後となるファイアチーフ・カウンタックの誕生を見届けた同型機の歯ぎしりの音が、夕暮れを過ぎるまで音高く響き続けていた。
完。