Kiss me, Darling !
~救助員と保安員の場合 その後~
幸い、倉庫からの途上ではアラートのセンサーが警報を発することもなく、誰の影とも行き会わずに、居室棟の自室まで引き上げることができた。
戸が開ききるのももどかしく踏み入り、大股に足を進めて寝台に腰かける。腕に抱えたままの機体はさすがに廊下では背を固く縮めていたものの、首尾よく部屋にたどり着いたことに安堵したのか、扉のロックの音とともに小さく排気し、こわばっていた身の力を抜いた。離せ降ろせと騒ぎ立てもせず懐に納まったまま、どこか満足げにすら見える様子でいるので、上体を支える側の腕で背や肩をそっと撫でてやると、なお表情がゆるむ。つられて笑みを深めながら、我ながら良く耐えてきているものだ、と先に口にしたのと同じ感慨を胸に唱えた。
それなりのどたばたを経てめでたく恋仲になったわけだが、何しろ常からの堅さの相手であるだけに、あれこれの進展には非常に気の長い時間が必要だろうということは、初めに覚悟していた。事実、これまで自分が経験したどの恋愛(と胸張って今抱く情に並べられるものかはさておき、それに近しい付き合い)より何倍にも穏やかで遅々とした足取りで今日までやって来ている。が、それでも当初の予想からすれば、少々驚くような、と言っていい状況もあるのだった。
一般の有機生命体と異なり、社会環境はともかくも生態系の維持構築に他者の存在を必須としないサイバトロニアンは、恋愛やそれに伴う行為へ抱く意識が非常に個々多様である。奔放に付いて離れてをくり返す者もいるし、そうした交誼に生涯まるで興味を寄せない者もいる。両極端ではあるが、どちらも一般のことと認識されており、宇宙規模で見ても稀な現象であるのと同様に、唯一のパートナーを持つ例はさほど多くもない(昔に比べれば随分増える傾向にあると聞くが)。
それを望み望まれ今日の関係に至ったことは純粋な幸福と捉えており、アラートも同じく感じてくれていることと思っているが、おそらく互いと出会って慕情を得るまでは、先の話で言うなら自分は前者の例に近い生活をしていたし、アラートは後者の例に沿った日を送っていたようであるから、意識も経験もだいぶん差がある。躊躇も抵抗もされるだろうと思っていたし、確かにその通りの反応はあった。しかしそれは、行為そのものへの嫌忌や長年の信条によるものではなく、単純にアラート自身の不慣れと羞恥の念から生じるもののようだった。
時に過剰とも称せるアラートの警戒心の強さは誰もが認めるところであるが、あるいはその反動とも言えるのか、普段の生真面目で他者を容易に寄せ付けない印象とは裏腹に、実はそれなりに触れ合いを好む一面もあるらしいということを、インフェルノはこのひと月で実感とともに学んだ。事によっては彼の恋愛観念、ひいては貞操概念ごとひっくり返してやらねばならない、とさえ思い決めていた(こちらが合わせるという発想は初めからなかった)ところに、それはもっけの幸いと言えた。手を取るにしろ肩を抱くにしろ、いまだ急の接触にはわあだのぎゃあだのといった大げさなうえ色気に欠ける慌てぶりを示されるのだが、時と場所をわきまえていれば、疎んじられるということは決してない。むしろ、自分のほうがずっと前から好きだったんだ、などと可愛いことをのたまってくれた態度通りに、必死に隠そうとしているのはわかるのだがその実ほとんどまるで隠せていない幸福感をあらわにするものだから、伝染してこちらまで穏やかな心地にさせられてしまう。そのもどかしくもひたひたと胸に沁み入るような幸いの深さと言えば、それまでの付き合いにおける己の即物的な軽薄さを思い起こし、アラートを初めとする「おカタい連中」の慎重な振る舞いを見下し笑ってさえいたことを、しみじみと反省したほどだ。
とは言え、である。
指を絡ませ、胸に抱きしめ、甘い言葉とともに口付けを交わす。それも確かに幸福な日々であることに間違いはなかったが、そろそろ次の一歩があってもいいのではないか、と思い始めていた。いや、正確には初めの十日で既に思っていたが、そうしたいじらしい反応と穏やかな空気になだめられる形で、ここまで日延べされてきたわけである。自分も相手も大したものだ。大いに称えられていい。しかし本意がどうかはまた別であって――などと感じていたところへ、先ほどのアラートの「おねだり」なのだから、何もしないでいられるはずはなかった。触れ合いをあからさまに口にして求められるのも初めてなら、もちろんその二度目を請われるのも初めてのことだ。いささか小ずるいやり方ではあったが、正常に思考回路が働いていなかっただろう恋人は、インフェルノの問いかけにまんまと望みの答えを返し、今こうして腕の中にいる。
深い安寧をにじませてこちらへ身を預けきり、とろりとした微笑を浮かべている様は非常に愛らしいのだが、ややもするとそのままスリープ状態へ移行してしまいそうにも見える。寝て起きた瞬間の反応も含め、それはそれで魅力ある一事に思えたものの、今日に関しては、より優先してこなすべき明確な目的があってここへ連れ来たのだ。多忙な上官を寝かしつけるのはまたの機会だと一人頷き、アラート、と膝上の機体に呼びかける。
「もう一回、するんだろ?」
ぼんやりと色沈めていたアイセンサーが光を戻し、ゆるく開いた口から、え、と声が漏れる。
「したいって言ったろ」
キス、と直接の語を口にしてやれば、見る間に頬が赤く染まる。インフェルノの視線を逃れてきょときょととセンサー光をさまよわせつつ、首を振り立てはせずに、やがて小さく頷いて、
「したい……」
機器の駆動に紛れかけるほどのかすかな声で、言う。音は小さくとも言葉自体ははっきりと望みをかたどるもので、何事も進歩はあるものだ、とこれまでのあれやこれやを思い出して感心を深めた。そうしたことごとをただ口にするだけでも、大変な勇気と覚悟を必要とするらしいのだ。その気負いの様たるや思わず笑ってしまいたくなるほどなのだが、さすがに今この状況で茶化すまでの馬鹿ではない。よし、と倉庫で返したのと同じ相槌をして、抱えた体を引き上げるため腕を動かそうとしたその時、
「ま……待ってくれインフェルノ。今度は、その……、俺、が」
と、またしても極小の声音で言うので、消え入った語尾を拾って重ねた。
「してくれんのか?」
「あ、ああ……」
「んじゃ、ほら」
「えっ、あ、」
横向きに支えていた機体を半回転させ、向き合う体勢で脚に乗せ直す。途端にぎしりと肩をこわばらせるのがわかったが、素知らぬ振りを通した。自分としては別にどちらからでも構わないのだが、してくれると言うなら有難く拝領せねば損だろう。生真面目な恋人がどんな心境の変化を起こしたのかは知らねど、嬉しい進歩である。今日はいい日和だ。間違いない。
後ろへ倒れてしまわぬよう背に腕を回して支えてやって、口付けの下賜を待つ。アラートは困惑の表情を浮かべてもじもじと身じろいだ。
「そんなにじっと見るな……」
「だって、ほかに見るもんねぇしよ」
恋人がキスをくれるという時にわき見しているのも妙な話だ。これほど幼げに照れる様子など普段は目にできたものではなく、なかなか眼福な光景なのだが、許容外だというならまあ仕方ない。あとに待つ本題の運びを有利にしたい思惑もあり、今回は譲ってやるかとセンサーの一時切断を提案しかけたその時、ふっと目の前が暗くなった。顔の上半分を覆って物理的に視覚レベルをゼロにしているのは、どうやらアラートの両手である。
「み、見えないな?」
「おう」
なんのプレイだよこれ、と言いたいのをこらえて答える。動かないよう命じられてへいへいと軽く了解し、再び待った。立て膝になった機体がゆっくりと伸び上がる気配がし、いざ顔が近付いてからも、心配がよぎるほどたっぷりの間が流れる。センサーを覆う指先から震えが伝わり、大丈夫かと口を開きかける寸前、ふに、とやわらかな感触がその上に落ち、しかと認める間もなく一瞬にして離れた。
手がどけられたので、今ので終いということなのだろう。子どもの挨拶かよ、とさすがにからかってやるつもりで、一応切断していたセンサーを復帰させると、視界に飛び込んできたのは、重要任務を遂行した直後のごとき、実に満足そうな上官の顔だった。「どうだ! やってやった、俺はやってやったぞインフェルノ!」とでも言わんばかりの誇らしげに輝く笑みを見て、呆れるよりも先に愛おしさが勝り、揶揄の言葉を呑み込んだ。なんだこのかわいい生き物、と酔ったようなことを真面目に思う。お前は本当にあの口やかましくておカタい保安部長アラートなのか。ほかのやつらが見たらひっくり返るぞ。誰にも絶対に見せやしないが。
毒気を抜かれているというのか、逆に毒されているというのか、以前の自分であればまどろっこしい、面倒だとも感じて忌避しただろう態度を示されても、今は不思議に辛抱できる。どころかこうして新鮮に感じ入ることさえたびたびなのだから、惚れた弱みとは良く言ったものだ。
だがもちろん、辛抱のまま終えるほど自分は禁欲的なたちではないし、慎ましく触れるだけの付き合いで満足するほど枯れてもいない。良くできました、の意を込めて笑みを返しつつ、なあと呼びかける。
「そういうのも悪かないんだけどよ、俺としちゃもう少し色っぽいのも貰いてェな」
「色……?」
「こんなん」
言って上体を前へ寄せ、のぞき込むように顔近付けて唇を奪い、ほうけて開いた隙間に舌先を滑らせてやる。盛大に肩が跳ね、すぐに離した口からふぎゃっ、と踏まれた生き物のような声が出てきたが、構わずしゃあしゃあと問う。
「さっき倉庫でしたみてぇなやつ。あれ、嫌だったか?」
ここまで来たなら、今日はとことんまで卑怯になってやろうと決めた。倉庫でのアラートは赤くなったり青くなったり忙しかったが、こちらへ悪感情を向けた瞬間はなかったし、二度目のキスにも軽い抵抗はしつつ嫌悪は示さなかった。思惑通りに首が横に振られ、深い羞恥をにじませながらも、嫌じゃなかった、と言葉にして返してくる。さらにそのうえ、
「お前とするのは、その……好き、だ……」
思惑を越えた告白まで重ねられて、自分が仕掛けた陥穽であるのをよそに、インフェルノは素直に舞い上がった。なんだこのかわいい生き物。ああ俺の恋人か! と、口にすれば気のいい仲間たちにさえ遠巻きにされそうな(彼と近しい約二名には本気で殴りかかられそうな)ことをやはりごく真面目に思う。
願わくばその「する」の範囲を早いうちに広げて貰いたいものだ、などと考えながら、やに下がった顔を引き締めもせず頷き、
「んじゃ、しような」
軽く言って、ぽかんとした表情を浮かべる機体をさらに引き寄せ、再び唇を重ねる。相変わらず半開きにされた口の間に、今度は遠慮なく舌をもぐり入らせた。くぐもった叫びとともに逃げかけた背をぐっと抱きとどめ、首を斜めに傾けてなお交合を深める。
初めの数瞬こそ動転の反応を見せたアラートは、しかし最前に自ら口にした言葉が効いているのか、やがて抵抗を収め、またこちらへ身を預けてきた。インフェルノの胸部にそっと指をすがらせるようにし、唇を食んで誘えば、おずおずと自分の舌を差し出してくる。先を触れ合わせ、絡めて、昇る熱を伝えながら、装甲に滑らせる指とともに官能の点を探した。少しの羞恥など気にならなくなるような素晴らしい行為なのだと、何よりもまず教え込まなければならない。
それすら慎重に隠し込んでいたら、と薄く抱いていた危惧を裏切り、その優れた知覚性能のゆえでもあるのか、アラートはどこへ触れても敏感に反応を示した。神経回路の集まる首のケーブルや間接部は言うに及ばず、装甲の一枚薄い腰の部位や、頭部の知覚器への接触にまで、艶めかしく、と言って過言ではない仕草で背を震わせるのだから、そうした時と場合にあることが助長しているのだろうとは言え、にやつくより先に心配を覚えてしまうほどだ。他者と距離を取りがちな性格で良かった、と内心に感謝を唱える。
「んぅ、んんっ……ふぁ……」
小さな口から漏れ落ちる濡れた呼気の音が、胸の奥をざわつかせる。あせりは禁物だと言い聞かせる冷静な思考と、ようやくここまで、という歓喜とともに急速に膨らみ始めた激情がせめぎ合い、気付けば無意識に定めた線を越えて、下腹部のパーツの上に手を伸ばしていた。かり、と指先でパネルを掻いたかすかな音と動作に気付いたのか、ひときわ大きく膝上の機体が揺れる。混乱に陥る前に口を離してやり、インフェルノ、と不安げに呼びかけてくる声にはっきりと答えた。
「アラート。お前を抱きてぇんだ」
見下ろす青が二度三度と明滅し、驚愕を表す。
「抱き……え?」
「お前と繋がりたい。接続したい」
何を言われたか理解できない、と言いたげな顔へより直接的な言葉を伝えると、ぽん、と赤の頭部が本日二度目の湯気を噴いた。凍り付いた機体をなだめるように背を撫でてやりつつ、もう一方の手で再度パネルに触れ、ゆっくりと開孔させる。制止を聞くより早く引き出したコネクトプラグは、表面にじわりとオイルをにじませていた。
「え、イ、インフェルノっ? や……やだ、触るなっ……、ひッ」
根本から握り込むとあせりの声が高い悲鳴に変わり、そのままゆるゆると扱き出せば、さらに甘いあえぎへと転じていく。
「やぁ、あ、やめっ……んぁぁっ……」
この年にいたるまで自涜の経験がないとはさすがに思えないが、それでもやはり大した頻度ではないのだろう、キスの間の刺激で熱高まっていたこともあってか、穏やかな摩擦だけで見る間に昇り詰めていく様子に、焦心がつのる。もはや落ち着いて策を巡らせてなどいられない。愛しい恋人の媚態を間近にして黙って座っていられたら、そいつは頭脳回路がどうかしているか、下半身の生理機構が不能になっているかのどちらかだ。
咥内に湧き出たオイルを嚥下し、矢も盾もたまらず自身のコネクタを取り出すと、既に濡れて反り立っていた。一度アラートのものから手を離して下肢を寄せ、互いの接続器を重ね合わせる。状況に気付いたアラートがセンサー光を揺らがせたが、次の反応を起こすのも待たず、再び手に握り、ぐいと腰を突き上げた。指の輪の中でコネクタが擦り合わされ、激しい性感を生み出す。
「ひぅっ……! や、ァ、駄目だ、だめ……、インフェルノぉっ」
「ぅく……、アラート……」
「うぁ、あっ、も、イく、っ……、ぁ、あああぁっ……!」
びくりと背を反らせて絶頂したアラートの白濁が、インフェルノの手を濡らす。そのままなおも腰を動かし続けると、手と規格違いの長大な接続器とで自身を前後から嬲られる格好となっているアラートの口から、ひっきりなしにかすれたあえぎが漏れ落ちた。
「くぅ、んんっ、インフェルノぉ、やだ、ぁ、やぁっ」
「はぁ、すげ……」
普段からは想像もできないような甘やかな声で幾度も呼ばれ、淫猥に混ざる油液の音とともに、言い知れぬ愉楽が聴覚からブレインにもたらされる。嫌だと言いつつもアラートの腕はインフェルノにひしとしがみついて離れず、我から腰を揺らめかせてさえいて、ただ手の中で互いを擦り合わせているだけだというのに、その内部に己を突き入れ激しく揺さぶり立てて、思うまま犯しているような錯覚すら覚えた。
いくらもなく快が限界に迫るのを感じたが、早過ぎるとは思わなかった。オプティックの端から除熱のための水をほろほろとこぼしながら、アラートがうわごとのように声を絞る。
「あ、ぁ、また……」
「ん、一緒にイこうぜ、アラート……」
「あ……っ、ん、んんっ……ひあ、ああぁっ……!」
「ん、くっ……!」
囁いた言葉にかすかな頷きが返ったので、ひときわ激しく腰を突き上げ、重ねたコネクタを強く扱き立て、アラートが果てたとほぼ同時に自らも欲を放った。手に収まり切らずに腹へ飛んだオイルの量を見て、そういえば自分もそれなりに節制していたのだ、と気付く。昔の同輩たちがこの状況を知ったらひっくり返るだろうか。指差して笑われるかもしれない。そうしたならこちらは、なんだお前らまだオトナの恋愛ってやつを知らないのか、とでも笑い返してやろう。
「大丈夫か、アラート」
サイドテーブルから取り上げたリネンでオイルの汚れを拭ってやりながら、くたりと胸に倒れ込んだ体を軽く叩いて呼びかける。オーバーヒートまでは至らずに済んだが、その一歩手前まで機熱の上がったらしい上官は、緩慢に上げた顔にまだ止まらない冷却液を伝わせながら、
「……キスって、言ったのに……」
ぼそり、恨めしげに呟いた。
「……ああ、いや、……すまん」
素直に謝りつつも、内心では笑いやら感動やらが顔に浮かび上がりかけるのをなんとかこらえていた。「そこかよ?」「だけとは言ってないだろ?」「お前本気でそんなに俺とのキスが好きなのか? 可愛過ぎんだろ畜生!」次々に言葉がブレインをよぎっていくが、今は何も口にしないのが正解だろう。前言撤回、どうやらこれはスマートなオトナの恋愛そのものではないらしい。二度目の「そういえば」になるが、自分はともかく相手が恋愛ド素人なのだから、そこに至るには予想もつかないドタバタだらけの険しい道のりが続くのだろう。前途多難だなと肩が落ちるのを感じるが、決して厭わしい気分ではなかった。
「悪かったよアラート。けど、嫌じゃなかったろ? 気持ち良かったろ?」
今日何度目かの同じ型の罠にも、恋愛素人はあっさり引っかかって、顔を真っ赤にして頷く。この言質さえ取ってしまえば、今後どうにでもなるのだ。「嫌じゃない」から「好き」に、少しずつでも変えていってしまえばいいだけの話だ。
「じゃ、許してくれるよな?」
さらに念を押しておく。アラートの感情は何事につけ後を引くので、少し悪い絡まり方をしたと気付いたなら、早めにほどいておくに越したことはない。すると、やはり簡単に頷くだろうと思った相手は、ここで意外な反応を見せた。
手がインフェルノのフロント部にかかり、へたり込んでいた体を伸び上がらせる。首を反らせて顎を上向けた顔から、ふっと青の光が絶えた。上気した頬の色を筆頭に、全身が声なく語っている。
『キスしたら許してやる!』
呆気に取られて見つめ、一瞬後に込み上げた笑いを口の中でどうにか噛み潰した。予想がつかないにもほどがある。アラートも日々あれこれと対処を学んでいるということなのだろうが、これは進歩と言えるのだろうか。
そういうことにしておこう、とそれについての熟慮はタスクの最後尾に回し、さて今この瞬間、今夜これからについてはどうしようかとブレインを働かせた。まさしく毒気を抜かれたようで、部屋へ連れ込んだ瞬間の、何はなくとも、という意気込みはだいぶん落ち着いている。もちろん進めるのならば喜んでそこへ至るが、一度拗ねさせてしまったから、多少冒険ではあるかもしれない。
つらつらと考えていると、
「インフェルノ……?」
不安げな声で名を呼ばれ、おっと、と我に返った。今後を思うあまりに目の前の相手を無視するなど、それだけこの関係に真剣だということではあるが、なんとも自分らしくない話だ。ちょうど手に納まる抱き心地のよい背に腕を回し、慣れる様子なく体をびくつかせるのに笑いながら、あとのことは互いの衝動に任せようと決め、まずは面倒で愛おしい恋人が望む通りの優しい口付けを捧げるべく、赤く染まった顔へ唇を寄せた。
完?