白と黒


 ある日の午後、広間で夢魔の少女と取り留めもない雑談に興じていたところへ、塔の主と側近が揃って奥から現れた。となれば何かの用事だろう、とレイが推量するよりなお早く、横を行き過ぎようとする二人をジュジュがためらいなく呼び止める。
「ヴァルナード様、ヌグマ様、おでかけ?」
「うむ。フレッグ殿のお屋敷にの」
 中空に静止して答えるヌグマの絵身の上に、ふわりと角の紋様が現れる。気ぜわしい住人たちとは対照に塔で悠然と腰を落ち着けている時間の長いヴァルナードだが、とやかくやと言いつつ王の名を並べる同輩たちとの交流は切らさず、特に冥府の早耳たる『山羊の王』・フレッグとは折に触れ談論の機会を設けているらしい。
「ふゥん。なんだかいつも二人ばっかりズルいわよねー。たまには一緒に連れてってよ。ね、レイも出かけたいわよね?」
「え?」
 唐突に話の先を振られ、はたでやり取りを眺めていたレイはきょとんとして声を返した。
「朝からヒマそうにしてたじゃない。今日はソランもギィもいないし、イザエラ様もしばらく留守にしてたからお仕事が溜まってるって言ってたし。ねぇヴァルナード様、ダメ?」
「まあ来るだけなら構わんが」
「あ、やったぁ。言ってみるもんね。行きましょ、レイ!」
 行きたいとも行きたくないとも言わぬ間にことが決められ、なら車を出すかとの主人の言葉に従ってジュジュとヌグマがさっさと広間を出てゆく。一人置いてけぼりのようになっているレイは椅子に腰かけたままぼんやりとその背を見送った。
「行かんのか?」
「……行くけど」
 頭をかきつつ答え、鈍い動作で立ち上がる。
 毎度唐突に、かつ平然と示される塔の住人たちの妙に粗雑な言動には、いまだ慣れ切ることができていない。朝から暇を持て余していたのも、外出を望んでいるのも確かだが、そうした状況には明確な理由があるのだから、何がしたい、何が嫌だ、と大きな声で言えるようなものでもないはずだ。
 眉寄せた顔を起こすと、いつもの飄然とした笑いを口の端に浮かべた男と目が合う。息をつき、感慨をそのまま投げかけた。
「ほんと、行き当たりばったりっつーか、適当だよな」
「臨機応変と言ってもらいたいな」
 しゃあしゃあと言葉が返るのに、渋面を作って舌を出してみせる。
 首を傾げることも慣れぬこともまだ多いが――相手の表情を「いつも」のものと感じる程度には、皮肉めいた言葉の掛け合いをお決まりのものとする程度には、ここでの暮らしに過ぎた日ももう短くはない。

 イザエラに見送られ、他愛のない会話を交わしながら空の道を進んで一刻が経とうという頃、車は集落を離れて建つ広い館の前に降りた。すぐに正面の門が開いて山羊の王・フレッグが従僕たちとともに現れ、慮外の人影に少しく目を開く。ヴァルナードが短くなりゆきを伝えると、なるほど、と笑い、従者にゼルギオンの世話を任せて四人を屋敷の中へと手招いた。
「しかし死神どのもお人が悪い。どうせなら用事のない時に一緒においでくだされば良いものを」
 広間から脇に折れた渡り廊を四人の先に立って歩きながら、フレッグが言う。死神どのと話しながらお相手をできるほど私も器用ではありませんからね、と語る言葉の先はレイを指しているのだろう。ちらと後ろに向けられた顔が優雅に笑む。ヴァルナードは特段に愛想を返すでもなく、
「狭量であるに越したことはないと決めたのでな」
 そう静かに答えた。
「言い切られますね。黒の間に集う同輩も信用に値しませんようで」
「この地に絶対の信を置けるものなどあるとは思えんが?」
 淡々と鳴る言葉に、おっしゃる通り、とフレッグが笑って頷く。
 少し道がゆがめば口論へ育ちかねなく聞こえる会話を、冥府の王たちは常日頃から挨拶のように交わしている。塔の住人たちの喩える通り、遊びや化かし合いに近いやり取りなのだろうが、もって回った言葉の応酬に、よくもまぁ飽きないものだと、最近では呆れを通り越して感心の念をさえ覚えるレイである。
 案内された先は本棟と分かたれた離れ館であった。他者の侵入を拒み孤然とそびえる黒の塔とは異なり、かなり自由に外部の者の出入りが行われているという『公爵』の屋敷だが、この離れには許しを受けた者しか立ち入らないのだと説明がなされる。
「横でただ話を聞いているのも退屈でしょうから、その間に自由に中を見て頂いて構いませんよ。先日の鎖の大公のような輩は入っていないと請け合います。まあそれでも――独りきりで歩くのは勧めませんが」
 先ほどの話ではありませんが、己の足の下の地面でさえも、ここでは充分信ずるに足るとは言えませんのでね、と続くフレッグの言葉にレイも異見なく了解の頷きを返した。事物をまず疑いからまなざすという態度は己の性に合うものではないが、この地の真がただただ愚直に生きることを許さないのは既に理解している。
 それなら、と過去に幾度もこの館を訪れたことのあるらしい少女が案内を買って出、次に集まる刻限を決めて、五人はそれぞれの目的へと道を別れた。

 隣でジュジュがあれこれと説明を並べるのを聞きながら、主人の様相に似つかわしい典雅な造りの館をゆっくりと見て歩く。途中で数人の冥府の住人たちとすれ違ったが、フレッグに何か聞かされているのか、傍らに浮かぶジュジュを知っているのか、レイの姿に薄く怪訝の視線を寄せては来こそすれ、特段何かが起こるということはなかった。
「いつ来ても綺麗なお屋敷ねェ。ヴァルナード様も塔にもっと豪華な絵とか置物とか飾ればいいのに、って思わない?」
「公爵はわかるけど、あいつには似合わなくねぇか? こう、あんまりきらきらしてるよりも、俺はむしろさっぱりっつーかどっしりっつーか、ああいう落ち着いた雰囲気の家とか部屋のほうが好きだけどな」
 提起になにげなく返した後で、その言葉に含まれ得る意と愉快げな笑みの乗った視線にはたと気付き、
「……別に、他意はない」
 そう続ける自分の気勢のなさと滑稽さに眉を寄せる。ジュジュは問いを重ねる代わりにくすくすと笑い声を立ててから、
「じゃあちょっと外に出ましょ。庭が素敵なのよ」
 そう言って廊下の向こうを指差した。
 離れの全体が塀に囲まれているから出ても平気だと促され、外廊下から庭に降りる。高い煉瓦壁で外界と区切られた広い庭は整然と手入れが行き届いており、確かに美しい。
「今はもう花も散っちゃってるけど、春はホントに綺麗よ」
 良くソランと一緒に見せてもらいに来るの、と語るジュジュの言葉に、ああそうか、と改めて今ここに想いを馳せる。
 色付き始めた木々の梢を眺めてもう夏も終わるのだと思ったのは故郷の庭でのことで、気付かぬ間に秋は過ぎ、じき、冬が来るのだ。
 草木萌え鮮やかに花開く春、あたたかな風の吹くその季節は、まだずっとずっと先のことだと思っていたのに。今でさえそう感じて――信じてすらいるのに。
「どしたの、レイ」
「あ、いや」
 なんでもないと首を振って霧がかった思考を払い、止めた足をまた前へ向けたその時、
「――おや」
 前方の角を曲がって人影が現れ、レイの姿を見止めてひとつ声を落とした。
「あ……悪い」
 歩みを止めた相手に詫び、ジュジュとともに脇へ身をかわして道を譲る。しかし人影は隣を歩き過ぎていくことなく、代わりに強い視線でレイの顔を追った。意図が取れず首傾げると、やにわに口が開かれる。
「君が、例の『天のいとし子?』」
 はたと顔を上げ、相手を見返す。背にジュジュのものとよく似た蝙蝠の翼を負った男。細い身体に整った面立ちが乗り、外見だけならばレイよりも若く見える。好奇から声をかけてきた様子ではないが、差し迫った敵意も感じられない。
「そう呼ばれることもある。……山羊の王の使いか?」
「親縁の者がね」
 身構えるべきか否かと投げた確認の問いに、足を止めこちらに目を据えたまま、短く答えが返った。値踏みするような目つきに居心地の悪さを感じて翼を身に寄せると、男はその所作を追うようにちらと視線を動かし、小さく息ついてから声を落とした。
「白の都の麗しの鳥か。確かに羽は綺麗かもしれないな」
 それでも、と続く。
「大層な二つ名を持っているからどこまでのものかと思っていたけれど――わからないな。なんで影の王がたかが君みたいな四つ羽の鳥を手元に置いておくのか」
「なによそれ! どういう意味よ!」
 淡然と鳴り落ちた言葉に、その矛先の当人よりも先にジュジュがいきり立って反問する。男は気圧された様子もなく、言葉通りの意味だよ、と答えた。
「あの影の王の囲い者が『鳥』とはね。どんなに珍重されているか知れないけど、冥界の鳥なんてものは、所詮――」
「物、なんだろ」
 もったいつけた言葉の先を掬って言えば、男は一瞬目を開きつつも、すぐにまた形良い唇の端に笑みを浮かべ、
「知っていて堂々とこんな所につき従ってくるなんて大物だね。それとも……まだ本当には自分の分をわかってないんじゃないかい」
 くつくつと喉を鳴らし、言う。
「ちょっとォ、バカなこと言わないでよね! 塔のみんなそんなこと思ってないし、ヴァルナード様だってレイのこと一番大事にしてるんだから!」
 ジュジュが憤りに声を荒げると、男はふっと笑いを消し、冷ややかな視線を返した。
「たかが数年数月しかそばにいないで、黒の塔のことを――あの人のことを本当に語れるとでも思っているの?」
「な……」
「君が今どんな扱いを受けているのか知らないけど……何千年も前からこの地に在る王のもとにほんの少し置いてもらっている程度で、何がわかると言うんだい。あの塔に誰がどれほど住んでいたのか、誰が王と共にいたのか、それすら知らないのに?」
 男が一歩足を進め、直立するレイに正面から目を合わせて、唇を吊り上げて笑う。
「教えてあげようか? 王がこれまで誰を傍らに呼んで――どんな風に臥所を過ごしたのか」
「……っ、ちょっとレイっ、もうほっといて行きましょうよ! 聞くことないわよ、こんなヤツの話なんか!」
 袖を引くジュジュを手で制して、レイは男の視線を受けたままゆっくりと口を開いた。
「――言ってみろよ」
 静かに声が落ち、男が目を開く。
「ちょっと、レイっ?」
 ジュジュが驚きの声を上げるのに構わず、言葉を続ける。
「その言い草だと相当に詳しく知ってるんだろ? 塔が昔どんなだったのか、あいつの部屋は昔から華のねぇ部屋だったのか、色々。教えてみろよ。……本当に、あんたがそれを知ってるんだったらな」
 言う間に男の秀麗な顔が歪み、瞳に宿る敵意が険しさを増すが、反論の言葉はない。レイはふうと息をつき、視線を脇へ外した。
「別に、喧嘩をふっかけに来たわけじゃないんだ。よそ者なのは俺だし……すぐに帰る」
 邪魔したなときびすを返した背に、待ち給え、と声がかかる。
「まさか本当に、ずっと王のもとにいられると信じているわけじゃないだろう? 天の鳥が、ずっと冥界で安穏と暮せると……そう少しでも考えているなら、思い上がりはやめておくことだね。影の王が何かひとつの物に本当の執心を預けられるはずがない。まして、君みたいにひ弱な鳥なんかに」
 語気鋭く言い残し、レイの言葉も待たず足を返した痩身は、すぐに木々の向こうへと消えていった。
「ナニよ、結局自分がヴァルナード様にフラれたからって、八つ当たりしてただけなんじゃない!」
 男の去った方向にべぇと舌を出し、ホント嫌なヤツ! とジュジュが顔をしかめて憤りの声を上げる。
「でもレイ、良く嘘だってわかったわね」
「別に……あんな社交無精がああいうやつと付き合うかと思っただけだ」
「確かに見るからに後腐れがありそうなカンジよねェ。もォ、ムダな心配して損しちゃった。ヴァルナード様って顔はいいからきっと色んなトコであーだこーだ言われてるのよ。あんな嘘っぱち、気にすることないわよ、レイ」
「気にしてるわけじゃねぇけど」
 ぽつりと返すのに、ジュジュが首傾げて怪訝の表情を浮かべ、けど? と促す。レイはふっと息を落とし、
「全部が嘘ってわけでも、ねぇだろ」
 そう言った。
 ジュジュがきゅっと眉を寄せ、袖を引いて断言する。
「ねェレイ、アタシたち、レイのこと物だなんて思ってないんだからね?」
 レイはわかってるよ、と笑って頷き、館へと戻る道をゆっくり歩き出した。


      ◇


 数刻後、内々の談を終えて合流したヴァルナード達とともにまた短い話を交わしたのち、塔の四人はフレッグに別れを告げて館を後にした。
 車を繋いで既に帰還の用意をととのえているゼルギオンの前に歩を揃えたところで、あ、とジュジュが何事か気付いたように声を上げた。
「ねェヌグマ様、なんか本が増えて書庫の整理をしなきゃいけないから、手伝って欲しいってイザエラ様に言われてたわよね? 帰って夜のお茶の前にすぐ終わらせちゃわない?」
 ヌグマが絵の色を揺らし、まぁそうじゃが、と答える。
「しかしのー、あれは別にそう急ぐことでも……」
「そうよねすぐ終わらせたほうがイイに決まってるわよねっ! そうと決まったら先に帰りましょアタシも手伝うから!」
「あわわわ。わ、わかったからそう押すでない……」
「そういうワケだから、ヴァルナード様とレイは二人でゆっくり帰ってきてね! ゆっくり!」
 早く早くと急かされるままヌグマとジュジュの姿は赤い光とともに眼前から消え、了解の相槌を返す暇もなく、塔主と四つ羽の天使はぽつんと車の前に取り残された。
「何かあったのか?」
「……こっちが聞きてぇ」
 どうやら気を遣われたことになるらしい露骨なやり取りに肩落として答える。ヴァルナードはそれ以上の追及もせず、ならばゆっくり帰るかと笑って乗車を促した。
 空へ舞い上がった車の前後で短く言葉を交わしながら、レイはぼんやりと前に座る男の背を眺めていた。月影を返す閃きに、そういえば今夜は満月なのだと思い出す。
「お前ってさ」
 会話の切れ間に、ぽつりと声を落とす。
「なんだ」
「……全身真っ黒のくせに、髪だけ銀色なんだな」
 今さらのことを感深げに述べたのがおかしかったのだろう、ヴァルナードは前を向いたままくっと声立てて笑い、
「黒が良かったか?」
 そう言う。
「別に」
 ただ改めて銀色なのだと思ったから、綺麗な色だと思ったから、口にしただけで。
(たかが数月しかそばにいないで、王のことを本当に語れるとでも――)
 その言葉は決して嘘ではない。自分は今こうして目に見えるものしか、手で触れられるものしか知らない。そしてそれは、影の王の異名を持つ昏く大きな存在の、百のうちの一つさえも表していない。
 気にしているわけではない。当然のことだ。自分は男がこの闇の地で過ごした歳月の十分の一の時間も生きていないのだから。
「肩」
「ん?」
「……肩、借りる」
 了承が返る前に腰を折って上体を倒し、前部席の背もたれから覗いた黒衣の左肩にぽんと額を乗せる。ヴァルナードは一度振り向きつつも何も問わず、風になぶられる髪が、手綱を放した長い指にゆるく梳かれていく。
 そう、当然のことだ。永い時の内に、自分のような者が男の懐にいた日があったとしても。
 髪の色と同じように、今さらどうなることでも、自分が想い寄せるようなことでもない。そんなことはとうからわかっている。大いに見目整い、一握りの者しか横に並べぬ力と地位を持つ王なのだ。ことさらに望まずとも、その腕に抱かれようという者、実際に臥所を共にした者は引きも切らなかっただろう。
 そう、わかっている。わかっているのだ。それなのに――あの庭で自分が発した声の冷たさといったらどうだ? ただ偽りを看破すればそれで良かった言葉に生やした棘の鋭さ、心の暗さといったらどうだった?
 他人を蹴落としてまで何かを得ようとしたことなどなかった。理を尊ぶ天使は、何かに執心を寄せること、唯一のもののみに心を懸けることがあってはならないのだと、幼い頃から言い聞かされてきたその言葉に従うまでもなく、全てに変わらぬ情を抱いて生きてきた。
 しかし庭で男の言葉を聞き、その中に偽りを見出す数瞬のあいだ、この胸を支配したのはそんな天の理ではなく――憎悪とすら呼ばれるような、昏い激情だった。その瞬間、レイは初めて法度とされる想いの形を知り、己がまさにその想いを強く身中に抱いていること知った。震える肩を翼で隠し、今はこうして顔を上げることさえできない。
 そばにいたいと思った。そう望むことを許されて、ただ嬉しかった。情を寄せることを許され、受け容れられて、それだけで良かったはずなのに。今自分は、さらにその先を望んでいる。
 触れて欲しい。髪に、翼に、頬に。ただ、自分だけに。
 そばに置いて欲しい。その腕の中、誰よりも近く。――物でも、構わないから。
 なんてさもしく浅ましい心なのだろう。なんて、強く揺るがしがたい心なのだろう。
 幼い日の自分は、兄達に聞かされた「コイ」に大人への憧れのような想いを抱いていた。それを知れば自分はひとつ成長できるのだろうと。それは自分が父や兄、天の鳥や獣たちに寄せるような「好き」よりももっと大きな、もっと綺麗な大人の喜びなのだろうと。
 それがどうだ。ちっとも綺麗なんかじゃない。成長するどころか、こうして自分の心の底にある醜さをまざまざと見せつけられてしまう。重くて、難儀で、それでも確かにその中には幸せがあって――捨てることもできない。
 自分は天使という存在から少しずつ外れていってしまっているのではないだろうか。過去には清廉の心と我が身の理を忘れ、邪道に堕ちて鬼と化した者もいたと聞く。自分もいずれ、あるいはもう既に、その道をたどり始めているのではないだろうか?
 それでも、と胸の痛みとともにレイは思う。
 たとえ堕ちて天使でなくなったからといって、自分は冥府の者にもなれはしない。
 身に宿す力も、過ごした時も場所も、拠り所にする全て何もかもが違う。天界に銀の髪を持つ種族などいない。陽に映える金ではなく、闇の下、月光に映える銀の髪を持つ者はいない。
 そう、決して嘘ではない。そんなこと、言われずともわかっていたはずだ。天の都のひ弱な鳥と、深淵の地の影の王。白と黒。あまりにも異なる世界、異なるその存在。
 「ずっと冥界で安穏と暮らせる」などと、そんなことは思っていなかったはずなのに。
 翼で固く身を包み、額を伏せたまま、小さく声を紡ぐ。
「……塔までこのままで、」
 いいか、と最後の音は鳴らずに消えたが、ヴァルナードはああ、と頷き、それ以上の言葉を重ねず穏やかな所作でレイの頭を撫でた。
 触れる手が肩が、何よりも優しくあたたかく、何よりも遠く、感じられた。


to be continued...
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