演習参加六日目の朝、演習場でアラートと顔を合わせてすぐに、インフェルノは言い知れぬ違和感を胸に抱いた。短く交わしたやり取りは、タイムワープ調査の進捗度も含め、この数日となんら変わりなかったが、そうして変わらぬ言葉を並べる相手の態度が、妙に落ち着かなげなものに見えたのだ。
 おや、と少し首傾げたきりその場は何事もなく流れたが、昼、夜と時間が進むにつれ、どこかそわつき浮き足立ったようなその様子は、「気のせい」で片付くものではなくなっていった。生徒たちの幾人かも気付いたようで、ちらちらと視線を向けてはいたが、何事かとじかに訊ねにいく者は出なかった。
「インフェルノ」
 その後も演習自体は滞りなく進んで終了時刻を迎え、前日までと同様、全員が演習場を出るのを見送ってから、アラートが仮のものではない名で呼びかけてきた。
「すまないが、私はこれから残務があるから、一人で酒場へ行ってくれないか。マスターには事情を話して、何かあったらフォローしてくれるよう頼んでおいた。ただし、今夜は酒はなし、もちろん寄り道も禁止だ」
「んな時間がかかるのか? 力仕事があるなら付き合うぜ」
「いや、大丈夫だ。昨日と同じ時間に行くと伝えたし、お前も腹が減ってるだろ」
「まあ」
 それは確かだったが、今朝からの態度といい、何か気にかかる。しかし特別に渋る理由も、明確に言葉になるまでのものはなく、わかったと了解を返し、演習場の入り口で別れた。
 まだ多少時間に余裕があったため、洗浄室で手早く機体の埃を流し、一度はそのまま街へ向かいかけたが、門を出る直前にふと思い直して、再度局内にきびすを返した。せっかく酒場まで出向くというのに、酒精の一滴もなしとはなんとも味気ない。それに、たとえ気の合わない相手でも、一人より二人のほうが旨い食事をより楽しめるというものだ。
 そう考えて、いや、と胸中の言葉を撤回する。
(別に、全然気が合わないってこともねぇよな?)
 確かに性格も言動も正反対で、間違っても同類とは言いがたい。だが、だからしてすぐさま合わない、とも言えないはずだ。等しく重なるという意味ではまるで話にならないが、それでもこの数日は、特段の障りなく関われていた。近しく語り、ともに意義ある時間を過ごせていた。合わない、と一語きりで打ち捨ててしまえる関係ではないはずだ。少なくとも、
 ――少なくとも、『こちら』の彼とは。
 我なく気がはやり、教官室の前の廊下へと角を曲がった時には、半ば駆け足のような状態になっていた。まだ仕事は終わっていないかもしれないが、おとなしくしていれば横で待つぐらいは構わないだろうと、扉を開く。
「おや、君は……」
 室内には二人のサイバトロニアンの姿があった。手前で振り向いたのは演習場でも幾度か声を交わした隣の組の教導官で、奥にいるのは見たことのない部局員だった。見渡す範囲にアラートの姿はない。
「あのー、主任……いや、レッドアラート教官は? ここでシゴトしてんじゃないのか?」
 怪訝な視線を受けて訊ねかけると、
「彼なら今日はもう上がっているよ。私と遅番を代わったから」
 そんな言葉が返ったので、え、と声漏らして見つめる。三日前の夜にこの部屋を訪れた折であったか、そういった話を聞いた記憶もあるが、アラートは確かに「残務」と言っていた。
 首ひねっていると、奥の局員から声がかかる。
「レッドアラート教導官なら、ここに来る途中で特別通信室に入るところを見ましたよ」
「お、その部屋はどこにある?」
「ふたつ上のフロアの突き当たりです」
「そうか。ありがとよ!」
 礼とともにすぐさま身を返すのに、しかしそこは、と遅番の教導官が制止ともつかない言葉を発したが、既に体半分を廊下へ出していたインフェルノは、なだめるように手を振って応えた。
「なァに、邪魔はしないさ。通信が終わるまで黙って待ってりゃいいんだろ?」
「いや、だが彼は多分……、あ」
 渋い声を振り切って前へ足を踏み出す。背の向こうでひとつ排気の音が落ち、二人が何やら話し交わす気配があったが、中身を判ぜられないまますぐに聞こえなくなった。
「特別通信室……ん、これだな」
 目当ての部屋はすぐに見つかった。保安部の誇る緊急通信網の中枢部ではなく、その名の通り、特殊な通信を行う際に用いられる施設らしい。かつての時代にも存在していたのかもしれないが、いずれにしてもインフェルノが中へ立ち入ったことはなかった。制限区域の表示は出ておらず、一般の出入りが禁じられているわけではないようだ。
 廊下からの扉の先にすぐ小部屋があり、壁にはさらにいくつかの戸が並んでいた。唯一光が漏れている正面の部屋の前に立つと、消音式のドアがスライドして開き、いつかの教官室のように、非常灯のみが点る室内をあらわにする。数歩も行かぬうち、床から生えるようにして立ついくつかの機器の向こう、奥のひときわ大きな装置に向かう椅子の上に、探した相手の姿を見つけた。硬質な明かりに照らされ、影が長く後ろへ伸びている。
「しゅ……」
「――ああ、大丈夫だ。正常に聞こえている」
 すんでで呼びかけがさえぎられ、おっと、と口を閉じる。ここで無闇に大声を出しては、またお叱りを頂戴するのが目に見えている。後を引かない説教であるとは言え、これから共に食事へ行こうという時に受けるものでもないだろう。
 そっと隣まで行き、何か合図を送ってから待っていればいいだろうか。しかしアラートの周囲は各種の機器と配線に取り巻かれており、自分の図体が収まる場所はなさそうだった。さて、と考える間にも、声が漏れ聞こえてくる。
「そちらの状況はどうだ? ……ん、そうか。少し延びたようだが、支障が出るほどではないな。何? ……それとこれとは話が別だろう」
 機体に直結させたケーブルから相手方の音声を拾っているらしく、一方向の会話のみでの判断だが、遠隔地の仲間との通信であることは間違いないようだ。正面のディスプレイに相手の顔が映し出されているのだろうが、輝度が低く、今の位置からうかがえるのは、鏡のように映り込んだアラートの表情だけだった。
 直連結通信で知覚を一か所に固着させているためか、日頃から妙に注意深いアラートにしては珍しく、後ろのインフェルノの存在に気付く気配はない。盗み聞きをしているようでさすがに気が引け、ひとつ前の部屋で待つか、と足を戻しかけたその時、
「ん? ああ、ちょうどこの前から射撃演習を始めたところだ。……うるさいな、わかってるよ。事前に試射してぎりぎりのスコアだったから、自分で手本を見せるのはやめにした」
 この数日ですっかり馴染みとなった語が聞こえ、ぴたりと身が止まった。反射的に、センサーを前方の声へと集中させる。
「いや、今のところ問題ない。優秀な講師を見つけたからな。……それはまあ、いるならまずお前に頼んだと思うが、いないんだから仕方ないだろう。それにどちらにしても隊の任務のほうが優先で……は? ああ、そいつはな、……秘密だ」
 初めは任務上の連絡のやり取りかと思っていたが、こちらの状況にまで話題が及んでいるところを見ると、そういったわけでもないらしい。自分を指したとおぼしき言葉をも聞き、立ち去る機を逸して、装置の陰に佇むままその背を見つめる。
「別にそこまで気にすることでもないだろ。……馬鹿、違う。怒るぞ」
 いつになくぞんざいな台詞が吐かれるが、その中身とは裏腹、画面に映る顔は愉快げに笑んでいる。続く短いやり取りの間にも、声がいっそう和やかさを深めていくのがわかった。
 仕事の相手、ただの軍の仲間ではない。これはごく個人的な付き合いの、そしてごく親しい者との会話だ。そう理解してなお、足はその場から動かなかった。理解したからこそ、動けなかった。
「ともかく、本務が完了したからと言って気を抜くなよ。苦手な仕事を後回しにして部下たちに迷惑をかけないように。だいぶ込み入ったところもあるようだし、最後まできっちり片付けてこい。……ああ、そうだな、次はもう帰還後になるだろうな。さすがに船の中でまで個人通信は……お前が気にしなくてもこっちは気にするんだ。ただでさえ冷やかされているのに」
 事務連絡兼ねてとは言え、そう何度も半私的な利用申請は出せないし、とさらに確信を深める言葉があって、しばし相手の応答を受ける沈黙が挟まる。じっと画面の向こうを見つめていた対の青が、一瞬、不意をつかれたようにその淡い光を揺らし、口元がゆるやかにほころんで、
「……うん、俺もだ」
 ほつり、鳴り落ちたささやきは、薄暗い部屋に沈む夜気とともに、その返事の先にないはずのインフェルノのブレインをも震わせた。
 元の時代においてはもちろん、親しく在れていると思えたこの世界でも一度とて聞いたことのない、情にじませる甘い声。穏やかに笑み浮かべる顔へ薄く色が昇って見えるのは、画面から漏れる光のためではない。
 身の内の熱が急激に高まるのを感じ、無意識に胸部を押さえた。厚い装甲を貫いて、スパークの拍動が指先まで伝わり来るように感じられた。
「――じゃあ、また。気をつけてな」
 演算の一片すら走らせず、ほとんど停止状態にあった思考が、前方で発された別れの辞を聞いて、ようやく再稼働に転じる。通信終了の操作に移るアラートの姿を見止め、今度こそ場を離れるべく足を返した。
 二枚の扉を抜け、明かりの落ち始めた廊下を進む間も、メモリに灼け残った画と声がくり返し再生される。動揺し、そうして動揺することに無性の苛立ちを覚えた。情報として分化されないひたすらの事実に、身の内のあらゆる回路が塞がれてしまったようで、次第に鈍る足取りとともに、思考は遅々として前へ進まなかった。
 気付けば外へ続く門ではなく、仮の宿として与えられた部屋の前にいた。もはや思い直しもせず扉を抜け、まっすぐに奥へ向かい、背から倒れ込むように寝台に身を転がす。大型機用としても優れて広く、強度のある設えは、衝撃にびくとも揺らがなかった。この部屋も、アラートが選んで用意したものなのだろうか。
 口の端から自嘲の笑いが漏れる。なぜ特別視されているなどと思ったのだろう? いや、そうと明確に考えてなどいなかった。あの瞬間明らかな否定をうけたことで、ようやく己の思い込みの存在に気付いたのだ。少しばかり手厚い世話と気遣いを受けたからといって、そりの合わない数百万年前の上官、この時代においては出遭って七日ばかりになるだけの監督者から特別に扱われているなどという、滑稽な思い込みを抱いていたことに、突然に気付かされたのだ。
 あの笑み、あの声。彼にはもう、「特別」がある。
 なんら否定されるべきところのない、ただひとつの事実が、なぜこれほどに胸を騒がすのか。なぜこれほどに受け容れがたいのか。
 答えを見出すことをあえて拒み、エネルギー低下の警告音を無視して、自ら意識のスイッチを切った。


 夜が明け、常の時刻に覚醒に至っても、インフェルノはしばらく寝台に寝倒れたままでいた。
 思考を放棄して天井を見上げ続けるのに飽き、なおざりに命令伝えて駆動を再開させた機体をのろのろと運んで、居間の椅子に腰下ろしていくらも経たないうちに、来室を報せるインターホンが鳴った。
『入るぞ』
 アラートの声だった。ああ、と努めて届ける気力のない声量で応じつつ、改めて時刻を確かめれば、既に演習の開始時間を大幅に過ぎている。
「なんだ、いるじゃないか」
 戸を開けて部屋へ踏み入ってきたアラートが拍子抜けの声で言う。もしそこで口が閉じられずにいれば、「何かあったのかと思った」とでも続くところだったのだろうか。当たり前のように示される気遣いが、今朝は真逆の棘に感じた。
 視線を前へ落としたままのインフェルノをよそに、アラートはまた別の言葉を続ける。
「今朝あの酒場から、ゆうべお前が来なかったと連絡があったぞ。どこか別の場所に行っていたんじゃないだろうな?」
「どこにも行ってない」
「じゃあ補給はどうしたんだ。部屋にはもう食事が届いてないだろう」
「一回抜いたぐらいで別にどうってことねぇよ。長期バッテリーに切り替えりゃいいだけだ」
「任務中でもないのにか? 定期的に補給が可能な状況なら、できる限りに……」
 お定まりの説教の気配に、無意識に舌打ちが漏れた。ひたり、言葉が絶え、再び問いが切り替わる。
「やっぱり不具合でもあるんじゃないのか」
「ねぇよ」
「じゃあなんで演習に来ないんだ。皆待っているのに」
 代理の講師をだろう、と皮肉の言葉が浮かんだが、浮かんだということだけで自ら呆れを感ずるのだから、実際に口にできるはずもない。立ち聞きを打ち明ける気にもならずに黙り込めば、アラートは憤りよりも困惑の表情を深めた。
「お前、本当にどこも……」
 かすかな揺らぎを含む声とともに、肩へ手が伸べられる。昨夜の最後に、また、と贈られた言葉以上の名残惜しさをにじませて、遠い通信の相手へ振り示された手。幾度目かの回想がブレインに流れ、湧き上がった衝動のまま、インフェルノはその細造りの指を、こちらへ触れる前に強く打ち払った。
「うるせぇ、ほっといてくれっ。演習の講師も何も、そっちが勝手に決めただけだろうが? 世話してくれんのには感謝してるが、そこまで指図される謂れはないぜ。俺は『あんた』の部下じゃねぇんだっ」
 そうだ。たとえかつてそうした事実があったのだとしても、今ここにいるのは、あくまで『こちら』の世界に生きる「レッドアラート教導官」だ。その力を捧ぐ場を自ら移し、他者を受け容れ、独りで在ることをやめた生真面目な保安員。永い時間のうちに何かが彼を変え、今は、誰かがその傍らにいる。
 小気味よく弾む議論。ふとした間の他愛もない雑談。認め、任され、預けられる信頼。望み描いた画は、自分の世界のものではない。この手で得たものではない。
「俺は――」
 何を言うべきか整理のつかないまま、それでもしきりに騒ぎ立てる心を胸から吐き出してしまうべく、口を開く。傍らを見上げて発した声は、次に目にしたものの衝撃に阻まれ、舌の上で散った。
 突然の反発を受けたアラートは、それでもなお憤りの表情を見せてはいなかった。払いのけられ宙に止まった自身の手から、ゆっくりとこちらへ視線が戻る。その顔に浮かんでいたのは、驚きを超えた呆然と、かすかな、しかし明確な痛みの表情だった。
 はっとして口を改めかけるが、もとよりまとまりのない念はすぐに意味のある言葉にならず、声を先んじたのはアラートだった。
「……そうだな。さすがに過干渉の域だったな」
 すまなかった、と謝罪を述べる顔からは、既に痛嘆の気配は消えている。
「食事はまた部屋へ届くよう手配する。特別な理由があるならもう口を出しはしないが、何もないのなら補給は欠かさずしておけ」
 こちらが一語を挟む隙もなく淡々と言って、よどみない動作で足を返し、
「……皆待っていたのは嘘じゃない。気が向いたら来てくれ」
 最後にそう短く言い落として、赤と白の機体はそれきり振り向くことなく、部屋を出ていった。
 いつの間にか椅子を立ち上がり、前へ手を伸べかけていた自分に気付いて、先の相手方の再現のごとく呆然に捕われながら、また落ちるように座り込んだ。
「ガキかよ……」
 もはや反省や自嘲の語に収まる話ではない。純粋な厚意からの言葉へ投げ返したのは、主張でも、意見でも、不平ですらない、ただの理不尽で手前勝手な暴言だ。
 頭を抱えた指の隙間から、閉じたドアをちらとうかがう。記憶装置のエラーを疑うような強烈な既視感に、ブレインが内から揺さぶられた。
 今日も、ここへ来てからの数日も、そして今思い起こす限りの『あちら』の最後の場面でも。いつも自分は、立ち去る彼の背ばかりを見ている。


 深い自責に沈みつつも、それですら打ち消すことのできない苛立ちと歯がゆさをなおつのらせながら、その日は結局何もせずに、部屋で独り漫然と過ごした。途中で警告音が耐えがたいものとなり、循環経路を切り替えるのはやめて、忠告どおり、部屋に届いた補給食を味気なく摂取した。ぼうと思考を絶やせたまま、気付けば昼を過ぎ、夜を過ぎ、そしてまた朝が訪れた。あいだに休眠の時間があったのかどうか、己でも判然としないありさまだった。
 定刻を告げる鐘の音を聞いて、意を決する、と言えるほど強くもない決定を内に下し、椅子の上で凝り固まった体を軋ませながら立ち上がる。丸一日ぶりに開いた戸を抜けて部屋を後にし、通い覚えた道を歩いて演習場に向かった。中へ踏み入るや、訓練生の列の前で今日の予定を述べていたアラートがはたと顔を上げ、こちらを見る。インフェルノはその視線へ一瞥のみを返し、まっすぐ射撃台まで歩いて、所定の立ち位置に身を据えた。
 特段に無視をしようという意図はなく、しかしいざ向き合って何を言えばいいのかもわからなかった。先に声をかけてきたのはアラートだったが、ごく事務的な伝達のあいだでさえつんけんとした受け応えしかできず、また気遣いを向けられれば反射に激してしまいそうで、それ以上に接するのを自ら諦めた。謝罪の言葉が途中で罵詈に変わり、溝を決定的にしてしまうことが恐ろしかった。
 アラートは普段と変わらぬ態度を保っていたが、ふとした瞬間に物思わしげな視線を感じたのは、一度二度のことではない。そのたびインフェルノは喉元に込み上がる叫びの衝動をこらえた。――俺は『あんた』の部下じゃない――。そうやって手を視線を打ち払い、二度までも彼を痛ませる衝動をこらえた。
 注意の利く生徒から首傾げられもしながら、そのただ一点のほかは、つつがなくと言っていい平穏さで一日の教練を終え、これまでのように居残らずにすぐ洗浄室へ向かった。熱帯びた雑念は水に打たれても流れ落ちていかず、部屋へ戻って寝台に転がってからも、メモリの表層に自ずから浮かび上がっては、処理なく押し込められる無意味な過程がくり返される。
 事の先延ばしであることを知っていて強制睡眠に入る気にもなれず、インフェルノはうるさく行き交う読み出しの信号を断ち切って起き上がり、勢いのまま部屋を抜け、廊下へと踏み出した。がしゃがしゃと遠慮のない足音を響かせて歩き、門の守衛の呼びかけに適当に応えつつ変形させた機体を、夜の道の上に投じる。行く先はどこでも良かったが、ふと忘我の状態から戻った時には、幻影の中の赤と白の車両が刻む轍を追うように、『こちら』の世界でただひとつ見馴染んだ、街外れへの一路を走っていた。
「いらっしゃい」
 緩慢な動作で戸を開いたインフェルノを、寸時も置かず静かな声が出迎える。小さな酒場にはまだひとりふたりの客の姿があるのみだった。その中に赤と白の機体は見えず、安堵でなのか残念でなのか、自分でもわからないまま少しく肩落としつつ、誘われるように足を進めてカウンターの中央の席に着く。少し迷ってから、前に立つ店主へ声をかけた。
「その、昨日……いや、おとといの夜か。すっぽかしてすまん。準備とかもしてくれてたんだろうに、無駄にしちまって悪かった」
 ほかに何もなきゃこのぐらい簡単に謝れるんだが、と内心に自嘲を漏らしながら、頭を下げる。いいえ、と店主はすぐに首を振って答えた。
「何かあったのでしたら仕方ありませんよ。それに、ちょうど彼の知り合いの方が来ていたので、用意していた分は奢りということでそちらへお出ししましたから」
 気になさらず、と言うのにもう一度謝意を述べつつ、受けた言葉を咀嚼する。彼、とはもちろんアラートのことだろう。客に奢らせて構わないような別の客があることも、この旧いサイバトロニアンは知っているのだ。
「……あのよ、」
 無意識に言い差したところへ、
「どうぞ」
 カウンターの向こうから手が伸び、前へ差し出されたものを反射的に受け取った。グラスの中に揺れる鮮やかな赤の液体を一瞬ほうけて見つめてから、慌てて釈明をする。
「おやっさん、その、すげぇ言いにくいんだが、金が少しも無くてよ……」
 今の我が身を振り返れば、のうのうと店の椅子に座っていられる状況ではない。何も考えずに来てしまった失態に歯噛みをしながらグラスを返そうとしたが、店主はまた平然と首を振った。
「つけで構いませんよ」
「いや、アテがねぇし……あ、今日はあいつとは関係なく来てるんだ」
 ほっといてくれ、などと言って手を拒んだそばから酒代などかぶらせては、情けなさが極まる。しかしこの言葉にも鷹揚な応えが返った。
「でしたら、出世払いということで」
 同じようなものだ、と困り果てる。アラートは事情を話したと言っていたが、ひょっとすると「苦境に遭った異邦の若者」とでも伝えて、時空転移などのこまごまとしたところは語っていないのかもしれない。では自分も今そうと語るわけにはいかないだろう。
 もう一度念を押したがグラスは取り下げられず、ひとまずのところは諦め、厚意に預かることにした。いざとなれば、帰還の前日にでもいきさつを打ち明け、皿洗いなりなんなり、店の手伝いをすればいい。
 酒を一口傾け、この色ともここしばらくご無沙汰だな、と鮮赤の水面に笑いを落とす。指折り数えてみれば、ワープホールに落ち込んでから明日でちょうど十日になる。今はさすがに慣れたが、「変装」して二日ほどは違和感ばかりがあり、外から見るぶん余計に気にかかるのか、アラートなどは幾度も笑いをこらえるそぶりをしてみせていたものだ。
 大げさに口を引き結んだ妙な顔と、その反応へこちらもまた大げさに不平のポーズを取ってからの他愛ないやり取りを思い返し、ひとつ排気を落とす。雑念から逃れるために飛び出してきた先で、結局は同じことを考えている。同じ存在のことばかり、考えている。
 それはそうだ。今の自分にとっては、本来いるべき場所との唯一の繋がりであり、唯一の頼りなのだから。そう打ち消す声の一方から、別の声が疑問を転がす。本当にそれだけか? そう思うのなら、ただ素直にその厚意へ甘えていればいい。焦り、苛立つ必要などどこにもない。あの冷徹な上官がよくもまあこれほど丸くなったものだと、ただ素直にその変貌を受け止めて、笑ってでもいればいい。
(違う)
 さらに自答を重ねる。
(違う。あれは、そんな簡単なもんじゃない。丸くなってるのは間違いねぇ。変わってんのは認める。それでもあいつは……、『アイツ』だって、本当は)
 内なる声とともにグラスを掴む指の力が強まり、みしりと音を立てかけたところで、
「――何か」
 頭上に声が落ち、我に返った。
「何か悩みごとがお有りなら、私で良ければうかがいますよ」
 上げた視線の先には、見るからに旧式の機体を持つ同胞の穏やかな顔。話し手の緊張をやわらげるためか、あえて手元の用を進めながらの申し出だった。その親切に応えてためらいを呑み、初めに言い差した言葉を今度は意識して発すべく、口を開く。
「悩みってほどのもんじゃねぇが……ちょっと訊きたいことが、ある」
「なんなりと、どうぞ」
「ここは長い店みてぇだけど、あのセンセイはずっと来てるのか?」
「ええ。今ではもう一番古いほうのお得意様ですね」
 その答えは予想していた。小さな店とは言え、普通の客が今日までに聞いたあれこれのわがままを通せるものでもないだろう。
「ずっと通ってるみてぇだよな」
「そうですね」
「昔からあんな感じなのか?」
 数日前の洗浄室で訓練生へ訊ねたのと同じ問い。平静を努めたが、それでも宿る何かの強さが伝わったのか、店主はすぐには答えず、一度アイセンサーをインフェルノの顔へ向けた。ひと間ののち、言う。
「古いお知り合いの中には、変わった、と仰る方が多いですし、私もそう思います」
 口にした言葉以上のものを汲んだ答えだった。こちらの思惑のどこまでが察されているのかはわからなかったが、構わず、続けた。
「いつ頃から、変わったと思う?」
 再び間があり、今度はやや長く言葉が返る。
「どうでしょうか。通ってくださっているとは言っても、店を畳んでいた時期も長いものですから。その前と後では随分と違っていたと思いますが、そのあいだと言えるのか、その前からと言えるのかは、なんとも……」
「ずっとやってたわけじゃないんだな」
「ええ。色々とありまして」
 以前アラートの口からも聞いた大くくりな説明の語。これが出たならもう先には踏み込めないのだろうと悟り、別の問いを探す。
「いつも独りで呑んでんのかね。それとも、このあいだの俺みたいに、教えてる訓練生だとか、軍の同僚だとかと一緒に来てる感じなのか?」
 なんとも回りくどい訊き方だ、と自分に呆れながら投げかけた言葉に、
「彼は滅多に独りでは来ませんね。生徒さんを連れてらっしゃることもほとんどありません。初めに彼をここへ連れてきた方と、いつも一緒に来られていますよ」
 全く予想だにせず核心を突く答えが返り、口元へ持ち上げかけたグラスを宙に止める。え、と一声漏らしたインフェルノの驚きの反応をよそに、店主はゆるやかな所作でカウンターの壁際の席を指し示して、続けた。
「大抵、彼があちらの一番端に、お連れの方がその隣に座られて。初めは目立つのが嫌だからと仰っていましたが、今では癖のようなものなのでしょう。お連れの方のほうが体が大きいので、入り口側から見ると彼がすっかり隠れてしまうのが、私はいつもおかしくてね」
「ふぅ、ん」
 自然な相槌を打てた気はしなかった。態度を繕う余裕もなく、ぎこちない声のまま問いを重ねる。
「コイビト、とか?」
 カウンターの向こうでグラスを拭く手が止まり、ふっと、その口元に笑みが浮かぶ。
「そうとはっきり聞いたことはありませんが……。とても、仲の良いお二人ですよ」
 幼な子に物語るような言葉の意味を解釈しかねるほど、回路の巡りは鈍っていなかった。初めに店に連れられた日、アラートは自分も久々だと語っていた。いつも共に来る者がしばらく不在であったとすれば、たとえば遠征中などであったとすれば、さもありなんだろう。
 そうか、とただ頷き、グラスを深くあおる。
 衝撃はなかった。ほとんど明らかになっていたことを改めて聞いただけだ。彼は変わった。そして、今その隣には特別な者がいる。遠い地にあっても手間をかけて声交わし、近くにあれば並んで酒を酌み交わしもする特別な相手がいる。それだけの話だ。特に、どころかまるで仲の良くない上官にまつわる、それこそ仲間うちの酒の席で一時の話の種にでもするような、単なる世間話のひとつだ。
 それだけのことが、どうしようもなく胸を騒がせ、苛立ちを呼び、痛みさえ刻むのは、彼のためではない。己のためだ。この胸の内にある、己の心のゆえだ。
(俺は)
 心中に述べかけ、先を紡げずに止まる。残る唯一であるはずの解は、未練がましくかたち成すことを拒み、まだしかと言葉として現れ出ない。幾度目かもわからない自嘲の苦笑の上から、穏やかに声がかかる。
「もう一杯、いかがですか」
 見下ろすグラスの底に薄く残る赤の線。彼と自分との数少ない共通点、今はそれですらない鮮やかな色彩を眺めながら、頼む、と答えた。


 幾人かの客の出入りを横目にしばし独り酒を続け、やがて日付が改まろうかという頃、インフェルノは不意の警告音を聞いた。自分の機体中で発せられたものだが、内要因のものではない。消防に特化させた知覚と直感ゆえに気付く、特殊な熱反応だ。発生源は店外の近い地点にある。
「おやっさん、今日は色々ありがとよ。急で悪ぃが、ちっと用事ができちまったんで出るな。ツケはまた今度必ず返すぜ」
「ありがとうございました。お気をつけて」
「おう」
 せわしく立ち上がり、礼に手を振りつつ駆けるように外へ出る。気のせいであればそれでいい。だが、警鐘は鳴りやまなかった。取るに足りないほどのわずかな異変でも、災害の根と思われるならばひとつとて軽んじるべきではない。メモリに刻み込まれてしまったのではないかと思えるほど、その真面目くさった声の調子さえも正確に再生できる、我が上官どのの言葉だ。聞くたび倦みを覚えた言いざまではあったが、その内容自体に異論はなかった。
 そうだ、全てが合わないわけではない。同じものとてあるはずだ。全てが厭わしいわけではない。理解を寄せ、賛を分け合えるものとてあるはずだ。変わり得ることがあるはずなのだ。現に、『こちら』では……
「くそっ」
 こんな時に何を考えている、と首振り立て、雑念を打ち捨てる。悪態吐きながらも集中はゆるめず、周辺一帯にスキャニングをかけた。いまだ単純な市街図にすらアクセスできていないが、正確な地形を把握する必要はなかった。反応はやはりごく近く、高度も変わらぬ場所にある。
 右手をガンモードに換装して前へ構えつつ、慎重に足を進める。熱源は酒場から一ブロック南へ下った、古びた倉庫の並びの中にあった。通り側の建物の角に立ち、半身をねじって、壁と壁の隙間の狭い通用路にセンサーを凝らすと、庫内の冷却機用とおぼしき大型のラジエーターの傍らに、何かの機器を手にうずくまる人影が見えた。その手の「何か」こそが熱の発生源――いや、ここまで近付けば正体もわかる。簡易の起爆装置だ。ラジエーターに外から無理やり直結させようとしているため、局部的な高熱が発生しているのだ。まず正常な措置ではあり得ない。インフェルノの決断は早かった。
「そこで作業中止だ。両手を上げてゆっくりこっちを向きな。少しでも妙な動きしやがったら頭を撃ち抜くぜ」
 通路の口に立ちふさがり、銃口を見せつけるように構えて声を投げる。影がびくりと背を揺らし、こちらを振り向いた。暗所のため細部まではうかがえないが、黄褐色の機体のトランスフォーマーのようだ。
「手のもんは全部置いて、指を開いて俺のほうに見せるんだ。もし言い訳があるなら後でゆっくり……」
 投降の姿勢を命じつつ、摺り足で路地に入りかけたその時、前方から金属塊が飛来した。先の起爆装置であることを見止め、咄嗟に発砲を思いとどまった一瞬の間を突き、今度は激しいエンジン音が向かってくる。
「ちっ、二輪か!」
 衝突覚悟でそのまま待ち構えたが、バイク型のビークルは壁際の装置を器用に踏み台にして高く跳び上がり、インフェルノの頭上を越えて表の通りに着地した。勢い任せに車体を滑らせてハンドガンの一撃を避け、体勢を立て直すや、甲高いマフラー音とともに発進していく。
「待ちやがれっ」
 後を追うべくトランスフォームしかけたところへ、
「インフェルノ! 何をしてる!」
 背後から呼び声がかかり、その耳慣れた声音が反射的に身の動きを止めさせた。慌てて振り向けば、異星式の赤と白の車両、のみならず、小隊ひとつはあろうかという十数のビークルの一団が、街の中心部の方向から次々と角を曲がって倉庫前の狭い通りへ走り込んできた。
 幾体かが変形音を鳴らしてロボットモードへ戻り、その中の一人であるアラートが、まっすぐインフェルノのもとへ駆け寄ってくる。
「お前、なんでこんなところにいる?」
「あ、いや、その……寝付けなかったもんで、ちょっと例の酒場に……」
 鋭い表情と声に気圧されて、夕刻までのわだかまりを一瞬忘れてしまいながら、しどろもどろに答える。アラートは顔をしかめてみせたが、叱責の代わりに問いを続けた。
「爆弾は?」
「え? あ、ああ、そこの隙間のラジエーターに、さっきの奴が」
「よし。処理班、頼む」
 確認もそこそこの指示に応え、数名が路地へ駆け込んでいく。どうやら保安部の一隊であるらしい。何が起きているのかと問う暇もなく、小隊内のやり取りが目前で続いた。
「レッドアラート教導官、目標は二手に分かれて逃走中だ。本隊は西の市街へ、工作員一名が南の廃工場地帯へ向かっている」
「了解、では我々も処理班を除いて二隊に……」
 小隊の長らしき一人がビークル姿のままこちらへ呼びかけてきて、それにアラートが案を返しかけるが、
「本隊はこちらの部隊で追う。工作員はそっちのコンビに任せていいな?」
「えっ」
 距離があったためにうまく声が届かなかったと見え、断言に近い形ばかりの確認ののち、周りの隊員たちへ指示が飛び始める。慌てて制止をかけるアラートの言葉はもはや完全に種々の走行音に紛れてしまい、見事な迅速さで列を組み直した小隊は、赤色灯の軌跡のみを場に残して、またたく間に街の奥へと走り去っていった。
「待っ……あいつ何を勘違いして、……そうか、名前を呼んだから」
 口の中で何やら呟き、早とちりめ、と苦言をこぼしてから、アラートは状況を追えずぽかんと立ち尽くしていたインフェルノを振り仰いで、言った。
「やむを得ない。インフェルノ、お前が見つけた賊を追跡する。援護してくれ」
「お、おう。……なんの騒ぎなんだよ。デストロンか?」
「走りながら説明する。まだ知覚圏内だが、あまり離されると厄介だ」
 行くぞ、とかかった号令に応え、混乱抜け切らないままトランスフォームし、先の二輪のビークルが去った方角へと車体を滑らせる。風浴びて走るうちに次第に動転は治まり、思考が正常な回転を始めた。
 一時は忘れたわずらいも、再び取り戻されながらまだはっきりと表層へ浮かび上がることなく、急の事態の前に声ひそめている。前を進む指揮車の姿は否が応でもふたつの時代の差を伝えたが、今は物思う心に蓋をし、同じ道を行く高揚だけをこの身の動機とした。
「で、何が起きてるんだ?」
 頃合いを計って問いかける。別働の小隊と、ややもすると保安部本局とも連絡を取り合っているのかもしれないが、広域通信から切り離されているインフェルノには何も伝わってこない。短いノイズが渡り、声が返った。
『手配中の破壊集団だ。かなり長く足取りを追っていたが、ようやく尻尾を掴みかけるところまできている。今夜動くという情報が事前に得られて、保安部の小隊が複数出動して警戒に当たっていた』
 市街地の各所に爆弾をしかけ、大規模な破壊活動を起こす手筈であったらしいが、厳重な警戒が功を奏し、ほとんどは未然に防がれた。しかし全てとはいかず、見逃された数地点で中小規模の爆発が生じたため、アラートは緊急の消火活動の支援役に就く予定であったという。
『爆発の現場に向かう途中で賊の気配を感知したから、一隊を先導してあそこまで急行したんだ。単独行動をしていた一人は本隊との合流前にお前が先に見つけて、工作自体を防げたようだが』
「やっこさんには見事に逃げられちまったけどな……」
 苦々しくこぼすと、
『まあ、予備知識のない状況では仕方ないな。追い詰めるのにここまで時間がかかったのも、奴らの潜入と逃走の巧みさによるところが大きい』
 そう言う。元の時代で対峙したバードタイプの機体の立ち回りを思い出しつつ、デストロン軍の厄介さについて嘆じると、一瞬の沈黙があり、アラートから思いもかけない訂正が返った。
『……デストロンじゃない。サイバトロンだ』
「え?」
 聞き違いかと疑ったが、言葉はそのまま続く。
『いや、元、と言ったほうが正しいだろうが……いずれにしてもデストロンと直接の関係はない。ほとんどがサイバトロン出身者で構成された組織だ。元軍部の者がいることも確認されている』
 街の様子を良く知ることもさりながら、軍の内部事情にさえ詳しいために、こちらの防衛や追跡の方策が読まれてしまい、なかなか確保に至らなかった、と語られる事情を、驚愕の思いで聞いた。
「まさか……嘘だろ? 俺たちの仲間にそんな奴らがいるなんざ、とても信じられないぜ」
『もちろん今は仲間じゃない。無下に同胞を傷付ける者たちは、もはやサイバトロンとは認められない』
 きっぱりと断じ、だが、とアラートは続ける。
『そうして仲間であった者たちが忌むべき破壊者に身をやつし、我々から離反することを止められなかったために、今このような事態が起きている。それは紛れもない事実だ』
 平らかな響きの中に確かな熱の宿る言葉だった。疑う余地のない事実が述べられていることを感じ取りながら、それでもなお得心が行かず、問う。
「にしてもよ、なんでそんなこと……目的はなんなんだ」
『一概には言えないが、おおよそは統治混乱と争いの再激化のためのものだと目されている』
「戦争をどうにかして得でもあるのかよ」
『あると思う者の集まりなんだ。講和への道が開かれることを望まない過激思想家、地位と立場を失くすことを恐れる軍員、兵器の売り買いで稼いでいる商人』
 挙げればきりがない、と語る声に明らかな嫌悪の情がにじんでいたことが、唯一の救いに思えた。思考の奔流がブレインを痛ませる。これこそ論理混乱というものではないかとうめきを吐くのに代えて、信じられない、と二度目の言葉を呟いた。
「そんな奴らが、本当にサイバトロンだったのかよ」
『私だって積極的に信じたいわけじゃない。だが組織が大きくなれば、自ずと一枚岩ではいられなくなるものだ。様々な信念があり、様々な思想の持ち主がいる。サイバトロンにも、……デストロンにも』
 ひそやかに落ちた声は後へ続かず、本局からの通信が割り込んだことで、インフェルノの反問も届かなかった。ここへ至る彼の道の一端をかいま見たように思い、掴むための言葉を必死に考えたが、隣に並んで走るためには、その背はあまりにも遠かった。



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