騒がしい三様の羽音は、予想よりもだいぶん早く側塔の吹き抜けを登ってきた。
 手にした服をたたんで振り向く前に、ばん、と部屋の戸が音立てて開く。
「レイっ……!」
 上がった声の後に問いはなかった。寝台から出て居間に立っているレイの姿と、床に机に物が出された、まだ乱雑ながら明らかに何かの前支度がなされようとしている部屋の様子に、既に答えは言葉なく述べられていた。
「今、ヌグマ様に聞いて……天界に」
 帰るって。呆然の様子で戸口に並び浮かんだまま、声を落とす。レイは半身を向けた姿勢でこくりと頷き、
「明日の昼前に出る」
 短く告げた。
 三人の小さな住人が信じがたい様子でそれぞれ首を振る。しばし常のかしましさに似合わぬ重い沈黙を置いたあと、あいだに浮かぶジュジュがようやく口を開いた。
「天使の身体が冥界の気に合わないから、このままいると危ない、死んじゃうかもしれないって。そんな急に、帰るなんて。嘘……嘘でしょ、嘘って言ってよ! 今までずっと平気だったじゃない! 今頃になって帰らなきゃダメだなんて、そんなのひどいわよ!」
 張り上げる声が憤りと戸惑いに震えている。三対の強い視線を受けながら、レイは静かに答えた。
「そうだな。ほんとに急だけど……嘘じゃあない」
 俺もゆうべ聞いた、と言い落とし、たたんだ服を椅子の上に乗せる。
「そんな……」
「王サマでもどうにもできないのかい?」
「ああ。……もともと帰るように言ったのはあいつだしな」
 その答えは衝撃とともに、これ以上何を言ってもこの決定を覆すことはできないという事実を場に教えた。ぐっと口を閉じる小さな住人たちへ今度は全身を振り向かせ、
「俺も、まだ実感がわかねぇけど」
 ふと笑みを浮かべ、言う。
「今までありがとな。まぁ、お前らには色々困らされたりもしたけど、感謝してるよ」
「レイ……」
 ソランがきゅっと顔をゆがめ、そんなこと言わないで、と小さな声を落とした。
「そんな風に言ったら、ほんとのほんとにお別れみたい……」
 そう、本当なのだと、重ねて言うことはできなかった。
 いつもと変わらない朝にいつもと同じように目覚めた。ぼやけた頭はゆうべの出来事を夢のように捉えていた。手の中に握りつぶした天からの伝の写し書がなければ、今になってもまだ夢だと思っていたかもしれない。寝台を出て着替え、荷をまとめながら、時計の針が進むごとにようやくそれは現と認められ始めた。
 明日、自分は塔を発ち、故郷へ帰る。
 そうしてここへは戻らない。もう、二度と。
 それは重要で重大な、抗いがたい事実なのだと、理解が追い至るにつれ、心は逆に静穏を取り戻した。今ただ果たせるだけの支度を黙々と進め、その時に備えている。
 変わらぬやり取りを幾度か行き交わさせても、小さな住人たちの心はまだ納得に至らないようだった。だが無論、胸では得心できずとも、頭では充分にわかっている。塔の王がそうと決めた以上、もはや事は動かない。渋面を向き合わせていたところでただ時が過ぎるだけだ。
 息をつき、再び小さく笑ってから、黙って俯く三人に、暇なら荷造りを手伝えよ、と呼びかけた。三人は三様の言葉で手伝うわけがない、と返し、大げさな憤りのそぶりを示して、騒がしい羽ばたきとともに部屋を飛び去って行った。
 この約束事じみた掛け合いも最後かとまた笑い混じりに息を落とすと、開いたままの戸口に今度はイザエラが姿を見せた。
「何かお手伝いすることはありまして? レイシスさん」
 口元が笑んでいるところを見ると、今のやり取りを聞いていたのだろう。ああ、いや、と首を振って答える。
「もうそんなにかからないで終わると思うから」
 三人にはああ言ったが、もともと私物などほとんどないのだ。身ひとつですら発てるのだから、していることと言えば荷造りよりも掃除に近かった。
「掃除なら後で私がしますのに」
「まあ、せっかくだからさ。三月以上もいたんだし」
 礼代わりに、と言うと、また微笑が浮かぶ。
「そうですね、三月……初めて塔に来られた頃からだと、四月以上になるのでしょうかしら。日の数にすると長いようですけれど、とても短くも思えますわ」
 まるで、初めから共に暮らしていたようでしたもの、と語る。
「これでお別れかと思うととても残念ですけれど、お身体には代えられませんものね。短い間でしたけれど、塔のみな、レイシスさんと一緒に暮らすことができて嬉しく思っていましたわ」
 とても楽しい毎日でした、とほほ笑むイザエラに、頬を掻きながらありがとう、と返し、言う。
「俺も、……楽しかった」
 もちろん、全てが全てそんな明るい言葉で飾れることばかりだったわけではないけれど。
「ほんとに短いあいだだったけど、ひょっとしたら、これで良かったのかもしれない」
 塔に暮らした時間を振り返れば、日は冥府の昏さとは比べがたいほど明るくあたたかく、そこには確かに平穏と安らぎがあった。幸福が、あった。
「もう少し長くここにいたら、いざ出てく時になって、俺、わんわん泣いたかもしれないからさ」
 だから、戸惑うことも憤ることも、ひとまずはやめた。最後までその時間が明るいものであるように。
 もう二度と戻れないのだとしても。
 いつか、消えてしまう思い出だとしても。
 イザエラは何も言葉を足さずに笑みを深め、何か必要があればいつでも声をかけるようにと言い残して出ていった。再び独りになった部屋を見渡し、天界へ持ち帰る物だけをまとめて机に載せ(あちらへ渡らせるのに問題がないか、あとで確かめてもらうことになっている)、一度出した物を整頓して棚に収めていく作業を続けた。
 掃除もほとんど終わった頃、蔵書室に返そうと無造作に積み上げていた本の中に、毛色の違う一冊が紛れ込んでいるのにふと気付いた。厚い歴史書をどけた下に現れたのは、赤い表紙の歌集だった。
「あ」
 結局最後まで読み進めることのできなかった古い歌集は、最近手に入れた物であるならまだ目録にも載せていないのだろう。蔵書室に戻すことはできない。が、留守の塔主の部屋に勝手に立ち入り置いていくのも気が引けた。
 イザエラかヌグマに言付けて頼もうかと迷って、結局そのまま部屋の机の上に置き残しておくことにした。本来なら礼を言って手渡しに返すのが礼儀だろうとは思ったが、同時に、それは叶わないと、なんの疑問もなく思ってもいた。
 今日も、明日も、もうきっと、あの男に会うことはないだろう。予期でも確信でもなく、ただ事実としてそうわかっていた。
 夜には翼の住人たちも吹っ切れた様子で、憤りながらも盛り上げを尽くした最後の宴は深夜に及んだ。レイは「朝まで」と騒ぎ立てる少女たちからようやく逃げおおせて部屋に戻り、着替えもせずに寝室へ向かった。
 夜闇の落ちた居間の戸を抜け、寝台へ寝転ぶ。視界が無くとも調度に足を取られず自由に歩けるようになったのはいつからだったろうか。自分でも意識しないうちに、この空間は確かに我が部屋となっていた。そして明日からはこの部屋を離れ、天界で暮らす。
 思えばなんと慌ただしい日々だったのだろう。百年来の暮らしが遠くかすんで感じられてしまうほどに、これまで見得なかったことを見、聞き得なかったことを聞き、知り得なかったことを知った。全てが大きく重く鋭かった。痛みも、喜びも、哀しみも。
 自分は確かに変わってしまった。このまま天界に帰り、果たして以前と同じように生きることができるのか、あの清廉の地が民が、また自分を受け入れてくれるのか、不安は様々にある。
 だがそれは、今ここで思い悩むことではない。過ぎた日を想い涙するのも、まだ先にできる。
 だからせめて、明日はしゃんとして別れを告げよう。素直に感謝を述べて、笑ってさよならを言おう。
 もうこれ以上、心残りが増えてしまわないように。


      ◇


 晴天だった。
 色薄い陽は大地にぬくもりを与えることなく、降り積もった雪の白をただ深め、その上に立つ黒毛の焔馬と黒塗りの軽車の姿を画の中に際立たせていた。
「送って行けんですまんの、レイ」
 身の上の彩色を揺らめかせ、ヌグマが言う。
「ゼルグならしっかり天への道まで運んでやれるとは思うが」
「ああ。充分助かる」
 車牽かせることになって悪いけど、と傍らの焔馬の首を撫でると、今日が別れの日だということをわかっているのだろう、常より弱いいななきが返った。
「だいたいお前らがあれも持ってけこれも持ってけって荷物増やすからだなあ」
「いいじゃない。お土産よ、お土産」
「餞別だろ」
 軽いやり取りを終え、レイが別れの言葉を切り出そうとするたびに、小さな住人たちはさりげなく横から声を入れてその音をさえぎった。引き止めるでもなく時を伸ばすその理由を、みな明瞭に口にはせずとも気付いていた。
 他愛ない会話の中に、黒衣の塔主の姿はない。
 一日戻った様子のない王の帰還を彼らは待っているのだ。それこそ、最後の餞別だとでも言うように。
 しかし言葉もいずれ尽き、ついにソランが俯き加減にその名を紡いだ。
「ねえ、本当に今すぐじゃなきゃいけないの? ……ヴァルナード様が帰ってきてからじゃ、駄目なの?」
 全員でお別れがしたかったのに、と落とした言葉に、並ぶ二人が同意の頷きをする。
「ヌグマ様にもいつ帰るかわからないってコトだしねぇ」
「もう! こんなことだったら忙しいとかどうとかムシして、出かけるのの邪魔しておくんだったわ。こんな時にいないなんて、ナニ考えてるのかしらヴァルナード様ってば!」
 肩をいからせて立腹する少女たちを横からヌグマとイザエラがなだめるが、二人からも特別の反駁はない。
「ま、勝手なやつだからな」
 息落として言うレイの軽い声音に、さらに声が上がる。
「そんなこと言ってェ。もっと怒らなきゃダメじゃない!」
「そうよ。最後なんだから……」
「いいんだよ。初めにすぐ怒鳴ってやったし。……それに、わかってるから」
 お前らもだろ、と言うと、きゅっと小さな口が閉じられる。それでも収まり切らないらしい言葉をもぞもぞと呟いてから、
「もう、帰ってきたらお茶に砂糖どっさり入れて出してやるんだから!」
 声高に上がった宣言に、レイは俺の分も余計に一杯頼む、と笑って付け足した。
 結果として、それが最後の会話になった。
 車に積んだ荷をもう一度確かめてから、ゼルギオンの鞍の横に立つ。
「それじゃ」
 門の前に並ぶ五人を振り向いて正対し、一度深く呼吸を置いてから、言う。
「ヌグマのじいさん、イザエラさん、ジュジュ、ソラン、ギィ。……それから、いねぇけどあいつも。今まで世話になった。色々、ありがとう。この塔で暮らせて良かった」
 本当に良かった、とくり返すレイに、ぐす、と少女たちの涙の音が返る。
「もっとしっかり礼がしたかったな。ま、俺なんかが特別何かしねぇでも、あんた達はずっとぴんぴんしてるんだろうから、いいよな。俺、皆に助けてもらった身体、大事にするからさ。とりあえず無事に向こうに着くように祈っててくれよ。……きっと、」
 きっと、もう会えないけれど。最後の言葉を振り切るように翼を広げて鐙に足をかけ、ふわりとゼルギオンの背にまたがる。
「さよなら」
 強く落としたはずの言葉は雪に吸い込まれるようにして静かに消えたが、五人は口々に別れを述べて手を振った。手綱を掴む手とは逆側の剣を抜き、掲げて応える。聖銀が白い大地の閃きを返して眩く輝き、出立を告げた。
 いななきが上がり、蒼炎巻く蹄が空へ踏み出す。再度叫び交わした別れの言葉とともに、冥府の住人たちと、その拠する黒の塔は背に回り、遠ざかり、やがて、彼方に消えた。


 山をひとつ越え、広い荒野の上空に差しかかったあたりで、風の向こうから自分の名を呼ばわる声を聞いた。
 重い翼の音に振り向くと、後方から彫像族・チャックの姿が近付いてくるのが見えた。慌てて手綱を引き、宙に静止する。チャックはレイの横に並んで止まり、肩で息をしながら言った。
「はァー、速ェなァその馬は……追いつけねぇとこだったぜ……」
「チャック、なんでここに?」
 明らかに自分を追ってきた様子の友人に訊ねる。なんでも何も、と目を瞬かせてチャックは答えた。
「オレにひと言の挨拶もなしで行くつもりだったのかよォおめぇは……。ったく、影の大将に呼び出されなきゃ、オレぁまだ家で昼寝こいてたぜ」
「え……」
 意想外の言葉に目を開くと、
「大将によォ、おめぇが故郷くにに帰ぇるから、送ってこいって言われたんだよ。さっきいきなり」
 飛び起きたぜ、と語る。
「……ヴァルナードが?」
「おォ。直接会ったわけじゃねぇんだが、ありゃ幻の術かなんかかね。言うだけ言って返事も聞かずに消えちまった。どう考えてもオレよかおめぇのほうが腕っ節が強ぇから、護衛にゃならねぇと思うんだけどなァ。ま、見届け人だぁな」
 そうか、と返し、ふと笑みをこぼす。
 いきさつの説明もそこそこに、少し速度をゆるめて並んで出発した。天界に帰る天使の道連れに、かつて天を住みかとしていた彫像族。きっとあの男流の最後の冗談でもあるのだろう。物思いの時間を陽気な友人との会話で潰せることは、単純に嬉しかった。
 長い空の道を焔馬は迷いなく駆けていった。荒野は果て、鬱蒼とした森林を越え、やがて景色は一面の岩山に変わった。
 と。
「ん……?」
 また、名を呼ばれた気がした。
 チャックは少し前を飛んでいる。声と確かに捉えたわけではない名は、脚下、遥か遠くで鳴ったように感じられた。何ともなく岩山を見下ろし、険しく切り立つ岩壁を眺める視線が、ひたり、息とともに止まる。
 一瞬だった。ほんの目瞬きの間、確かに見えたように思えた。
 山間の岩の居の上、凝と空を見上げる、黒衣の人姿が。
「……どうしたァ?」
 ぷつりと会話を絶やせたレイに、チャックが怪訝の声で訊ねてくる。
「いや」
 なんでもない、と首を振り、正面に向き直る。ぐっと息を呑み込み、余計な声を紡ぐのをこらえた。代わりに大きく翼を広げ、羽ばたきを示した。今まさに地を蹴り、空へと飛び立とうとする鳥のように。


「――雪やみて、」
 頭上を過ぎた焔馬の姿を見送り、影の背に『山羊の王』が語りかける。
「鳥飛びたり、ですか?」
 ヴァルナードはちらと後ろを振り向き、また前に視線を戻してから、
「よりふさわしいのは、鳥発ちて、夜降りぬ、だろうな」
 唄に唄を重ねて返した。
 フレッグはなるほど、と笑って頷いてから、鎧の王が呼んでいると告げた。
「ゆっくり詩を紡ぐ暇もありませんが、仕方がないですね」
 行きましょう、ご同輩。芝居めかして詠う。
「そう、――永久の夜が降りぬようにね」


      ◇


 ひと繋ぎの山脈を過ぎてから、あたりは深い霧に包まれた。
 レイを背の上に、チャックを車に乗せ、ゼルギオンは炎を引いて白い世界を翔け続けた。会話は途切れ、鋭い風音だけが耳横を過ぎる。
 曖昧な時の感覚に酔いを覚え始めた頃、不意に、視界が開けた。
「……あ」
 迫る霧に伏せていた目を開き、ふたり同時に声を漏らす。
 地上を離れて足を止めたゼルギオンの背よりも遥かに高くそびえ立つ岩壁。地に濃い影を落とす、山ともつかぬ岩肌の上、確かに浮き出しているのは、扉だった。
「あれが、そうなのか?」
 ばたりと車から飛び上がってレイの隣に並び、チャックが呟く。
「ああ」
 その道の在りようを教えられていたわけではなかった。だが、問答に改めるまでもなく、それはありありと知れた。崩れ苔むした高い門扉が、まさしく世界を別つ巨大な壁の中にそびえ、時を待っている。時。そう、数千年の歳月を越え、白と黒の世界を繋ぐその時を。
 手綱を離し、自らの翼で空に浮かぶ。チャックが不安げな顔でレイ、と名を呼びかけてきた。
「多分、ここからは俺独りで行くべきなんだと思う」
 車に寄り、増えた荷の重さに顔をしかめてから、ひとつ息を入れて肩に持ち上げる。
「だ、大丈夫なのかァ?」
「ここまで来たら行くしかねぇだろ」
 まだ相当の距離を挟んだ無機質な門から、強大な力が伝わってくる。冥府の主に相対する折のような畏怖が身体を走り抜ける。石の門扉はただそこにそびえるのみで、続く道の向こうを垣間見せる気配は微塵もない。だがいずれにせよ、もはや来た道を戻ることはできなかった。
 いなないて首をすり寄せてくるゼルギオンの額を撫で、石の翼を震わせているチャックに笑みを投げかける。
「二人とも最後まで付き合ってくれてありがとな。うだうだ言ってても仕方ねぇから、行くよ」
 まだ不安をぬぐい切れない表情ながら、チャックはおォ、と相槌を打った。
「元気でやれよ? 畜生、オレ、おめぇを兄弟たちに会わせたかったんだよなァ」
「はは。俺も会いたかったな」
 笑うレイに、一瞬ためらいの顔を作ってから、なァ、と異形の友人が神妙な声で呼びかけてくる。
「今さらだけどよォ、塔の大将は、おめぇのこと凄ェ大事に思ってるみたいだったぜ?」
「は?」
 唐突な吐露に目を丸くすると、いやその、ちびの時も、と曖昧に呟き、とにかくそんな感じだったんだよ、と判然としない言葉で切り落とした。
 レイはひとつ息をつき、知ってる、と返した。
「だから俺は今、ここにいるんだ」
 ありがとな、ともう一度礼を述べてから、ふわりと四翼を広げる。
 雪は降りやんだ。翼もやがて元に戻るだろう。高い壁一枚より遥かに遠く隔てられた、白の世界で。
 別れの言葉を短く交わし、背を見送られながら岩壁に刻まれた扉へ独りゆっくりと近付く。門の半ばほどに浮かび、拒絶されるのを恐れているのか願っているのか、ぼんやりとした意識のまま岩肌に手を伸ばした。
 指がそっと壁に触れた瞬間、世界が歪んだ。
 門が開いたかどうかを認める間はなかった。前にはただほとばしる光の奔流があるばかりだった。風が大気を裂いて走り、身に寄せた翼の間を、眼を、頭を、身体全体を閃光が抜け、道を示した。きつく閉じ伏せた目蓋の裏、闇深い洞穴を抜け、魔の荒野を走り、獣駆ける大地を遥か眼下に、白い大鳥と化した光は迷いなく翼を広げて進んだ。
 雪積もる山の向こう、眩くそびえる天の城が、花薫る高原が、かすかに見えた気がした。
 意識が途絶えたのは、おそらく一瞬の間に過ぎなかった。
 揺らぎの収束を捉え、目を少しずつ開く。光にくらんだ瞳の前に、壁はなかった。数千年の封を解いた世界の門は消えていた。ただあるのは空と、背後へ開いていたはずの岩山だった。ふらりと後ろへ身を引いた拍子に翼が何かに触れ、振り向くと、途方もなく高い岩壁があった。
 乾いた景色に見覚えはなかった。だが、この地は、この空は、紛れもなく。
「……天界だ」
 風渡る光の地。父なる王の治める白の世界。
 帰って、きたのだ――



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