※読む前に※
 当作品はやや変則型の連作形式となっております。
 初めてお読みになる場合は、一度前書きに目をお通しくださいますようお願いいたします。

 
こもれび


      ◇


 高揚した身体のまま床に就いたせいか、その夜はなかなか寝付けなかった。
 ごろりと何度目かの寝返りを打ち、息を沈めて数秒、閉じた目蓋の上に睡魔が落ちてこないのを確かめてから、火神は布団を蹴って起き上がった。少し外を歩けば落ち着くかもしれないと、衝立の向こうの黒子を起こさぬよう足音に気を配りながら、上着を引っかけて戸口へ向かう。ともかく、じっとしていられなかった。


 森を包む風はひやりと冷たく、薄い夜着を通して身に染み入り、内にくすぶる熱を鎮めてくれるような心地がした。特に当ても決めず、下生えと朽ち葉のやわらかな感触を愉しみながら、ゆっくりと足を送る。初めの夜などは、立ち並ぶ木々や縦横に伸びる蔦の影を不気味にも感じたものだが、このあたりの木立の景色ならば、今や自分の庭のように身近に思うまでになっていた。
 しんと落ちた夜の空気を深く胸に吸い込み、ひとつ大きく伸びをする。――と、一度閉じ、またゆっくり開いた目の先、十間ばかり向こうの木々の間を、ひとつ人影が横切っていくのが見えた。月の形は下弦を過ぎて、その明かりを薄れさせ始めていたが、もはや馴染みと言ってよい姿を見誤るほどの暗さではない。ぴしりとまっすぐに伸びた白の狩衣の背は、誠凛の主神、日向のものだった。
(こんな遅くにどこ行くんだ?)
 首を傾げる。迷いのない足取りは、火神のように寝付けずに、というわけでもなく、初めから行く先を定めている様子に見えた。日の神としての性質であるのか、それとも単なる性分であるのか、日頃から朝日とともに起き出し、日没とともにとまでは行かずも夜更け前には床に就いてしまう、火神や黒子に対しても「若いやつらは早寝早起きしろ」との忠言をくり返す彼である。こうして皆が寝静まった深夜に出歩くなど、普段の言動からは想像しがたかった。
 特段に後に付き、その理由を知ろうと考えたわけではない。ただつられて、とでも言うのが正しいだろうか。気が付けば、火神の足は遠ざかる背を追って歩み出していた。



 進むにつれ並ぶ木々は高く太くなり、侵しがたい神域の顔をあらわにし始めた。
 森を訪れてはやひと月余りになるが、思えばこれほど奥深くへ踏み入るのは初めてのことだった。外の人間が参拝に訪れる拝殿はもちろんのこと、日向を始め森の神霊たちが寝食に使う宿舎なども、街道に下りやすい森の外縁部に建てられているため、修練の折であれ、そこからあえて遠く離れたことはない。
 絡み合う枝葉の間を縫い、風がひょうひょうと夜気震わせて鳴る。虫達が夜の唄を奏で、獣とも精霊ともつかぬ何かの影が、木々の上を下を行き交い遊ぶ。迷い入った賊などはその幽玄の様にしり込みし、一散に逃げ出してしまうであろう、言語に尽くせぬ生きた自然の息吹の中、しかし火神はためらいや物怖じを覚えることもなく、むしろ何かに惹き寄せられるかのようにして、無心に歩を進めた。慣れない道のこと、もしも前を行く日向が駆け出すようなことがあればすぐに見失ってしまったに違いないが、幸いそうした気配はない。
(……あ)
 足下の起伏をたどっていた視線をふと上げ、気付く。追う背の定めた“行き先”が、どうやらもう少しのところまで近付いてきていた。
(あの『樹』だ――)
 森の中心にそびえ立つ大樹。遠くからその梢の影を眺めたことしかなかった、まさしくこの聖域の核たる神木の下に、日向は向かっているようだった。



 それまで連なり生えていた木々の並びが切れ、まるく円を描くように開けた空け地の中心に、その樹は立っていた。
 周囲の巨木さえ小さく見えるまでの丈はまさに天を突くほどと言ってよく、幹は数十人の大人がいっぱいに腕を伸ばしてやっと囲えるかという太さである。それを支える根もまた、龍の蛇身のごとく隆々と力強くうねり、大地を掴んでいる。雄々しく凛然とありながら、しかし宿す力はあくまで穏やかに優しい。幾百年もの間、こうして静かに佇み、森に息づく数多の生命を見守ってきたのだろう。
 思わず圧倒され足を止めた火神の視線の先で、日向はためらいなく空け地を進んでいく。やがてその先に、人の手による楼の影が見えた。四方から短い階段の伸びる、祭祀に使うような屋根のない壇座である。全体はさして高くはないが、頂点の壇は部屋ひとつほどの広さがあるようだ。
 日向は一歩一歩ゆっくりと階段を登っていく。その姿を目に追うまま、ぼんやりと木陰に立ち残っていた火神は、次の瞬間、思いもよらぬものを視界に捉えて瞠目した。え、と喉の奥から小さく声が漏れる。
 火神の視線の先であり、日向の視線の先である壇の上に見えたのは、人の身体、足袋を付けた人間の脚だった。

 思わず身を乗り出すが、高さのない今の居場所からではほかに何も窺うことができない。迷うより早く地面を蹴り、傍らの木の枝に跳び乗る。葉の中に隠れようと二本三本と上へ向かうと、距離はさらに開いたが、祭壇全体を見下ろす位置に身を据えることができた。
 見間違いではない。それは確かに人であった。最上の壇の中心に設えられた腰ほどの高さの台の上に、一人の男が仰臥していた。黒の直衣を着けた身体は火神と同じほどか、あるいはそれ以上の長身である。外見上の歳恰好は日向や自分たちとそう変わらないように見えた。
(死体……いや、寝てるだけか?)
 灰茶色の髪と濃い眉の下、両の目蓋は隣に立った日向の気配にぴくりとも反応を示さず、伏せられたままでいる。顔はやや血の色を失っているようにも見えたが、屍人のそれまでではない。ただ深い、底のない眠りの淵に沈んでいる。そんな風情であった。
 一体何者なのか、なぜこんな森の奥地に独り寝ているのか、次から次へと浮かぶ疑問を声にすることもできず、じっと脚下の光景に見入る。日向はしばし無言で立ち尽くしたあと、またゆっくりと足を動かし、寝台の横に置かれた簡素な丸椅子に腰かけた。ひと呼吸の間を置いて、片手を胸の前に寄せ、素早く印を切る。こちらが見下ろしていることもあり、俯けた顔を覗くことはできないが、真言を紡いでいるのだろう唇の動きだけがわずかに見て取れた。
 印の結実を示すかすかな気の震えが伝わり、やがて夜闇の中に一条の光が射し入った。目を細めるほどの眩い光ではなく、森に落ちる木漏れ日にも似たやわらかな光の束が、祭壇の頭上から寝台へとまっすぐに注がれる。
 夢を淡色あわいろに融かし、眠り仔を現へ誘う清澄の光の下、しかし男は目を閉じたまま、わずかの身じろぎすら見せない。同じ場にありながら向き合わぬ一人と一人の間には、分かつ言の葉ひとつ、交わされる音ひとつとてなく、ただ髪揺らす風だけが過ぎる。その一切に構わず、日向は自分もまた目を伏し、術を続ける。
 大樹の見下ろすしじまの中、いつしか火神は祈りにも近い感傷を胸にして、その静謐の空間を見つめていた。落ちる光の穏やかさとは裏腹に、それはひどく物寂しく、哀しい画に感じられた。



 次に我が気を取り戻したのは、既に印を解き術の行使を終えていた日向が、壇上の椅子から立ち上がった瞬間だった。
 なかば忘我の状態になっていた火神であったが、場を去る素振りを見てはたと気付いた。来た時と同じように日向の後を追っていけば宿舎までは帰り着けるだろう。しかし、それでは必然的に日向のほうが先に到着してしまう。そのまま自分の部屋へ向かってくれればいいが、ひょっとすると火神たちのほうへ様子を見に来るかもしれず、そうなるといささかことである。実際、このひと月の間に三回ほど、夜中に黒子と些細な喧嘩で盛り上がっているところを見つかり、二人して固い拳骨を頂戴したことがある。普段は比較的落ち着いた性格の日向だが、逆鱗に触れたときの人が変わったような怒りは偽りなく恐ろしい。
 やばい、と直感した火神は階段を下り始めた日向に背を向け、できる限りに音と気配を殺し、夜の森の中に身を躍らせた。来た道こそ覚えてはいないが、おおよその方角はわかっている。あとは持ち前の野生の勘と身ごなしを頼りに跳び駆けていくだけだった。
 二度ほど迷いながらもどうにか宿舎にたどり着いた頃には、心身ともに疲れ果てていた。欲も得もなく部屋に戻って布団をかぶり、ひと呼吸あとにはすぐに寝入ってしまったようだ。もとはと言えば寝付けずに外へ歩き出たわけであるから、当初の目的は達成したとも言える。
 日向がその夜こちらの様子を見に来たのか、そもそもいつ帰ってきたのかすらもわからなかった。翌朝一番の挨拶をした時には、なんら普段と変わらぬ彼だった。夜更かしの気配を連れているわけでもなく、ましてあの祭壇に見たような、余人の立ち入れぬ厳粛の空気をまとっているわけでもない。適度に先輩風を吹かせながら火神たちの修練に付き合う様子だけを見れば、あれは夢であったのかと疑いすら湧くほどだ。
 しかし、そんな疑念の深まる昨日と変わらぬ夕暮れに、火神は見た。
 休憩の間に一人遠く空向こうを見上げる目。うつくしく翳りゆく陽ではなく、それを受けて鮮やかな朱に染まった大樹の梢を見つめる、憧憬と哀惜の入り交じった目を。


      ◇


「最近良く見ていますね」
「うわっ!」
 三日後。昼食の後に木陰で休んでいた火神は、突如肩口に降った声に、長座のまま飛び上がった。器用ですね、と感心した風でもなく言うのは、半年を越える付き合いになってもまだその唐突な登場に慣れない相棒だった。驚かすなよ、驚かしてませんよ、のやり取りまでがもはや一連の約束である。
「見てるって、何が?」
 訊ね返すと、つ、と白い指が前を指す。追って目をやれば、日向と伊月が立ち話を咲かせている。多少の自覚もあり、言わんとするところはわかった。黒子が言い示したのは日向のことだ。火神自身にしても無意識の行動なのだが、さらりと指摘してみせるあたり、相変わらず鋭い観察眼である。
「良い方だと思いますし、火神君が選ぶなら僕は止めませんが……青峰君に引導、いえ三行半を渡すのは自分でやって下さいね」
 が、そこから展開される言葉は、相変わらず良くわからない。
「みくだり……? 良くわかんねぇけど、絶対なんか変なふうに想像してるだろお前! なんでアイツの名前が出てくんだよっ」
「彼、色々と嫉妬深そうなので……何か勘違いされて雷に打たれても嫌ですし」
「勘違いしてんのはお前だろ!」
 斜めの方角へ話を進める黒子に声を荒げると、前の二人が何事かとこちらを向く。眉を寄せた日向が訊ねかけてきた。
「なんだ、どうかしたか?」
「いえ、ちょっと今後についての相談を」
「違ぇ……けど、別になんでもねー、です」
 慌てて繕えば、二人首を傾げつつも、まあいつものじゃれ合いか、と納得したらしい。
「少ししたら午後の稽古に入るからな。休憩中に体力消耗させんなよ」
「喧嘩もほどほどになー。あ、剣交わしてケンカすべからず……キタコ」
「伊月黙れ」
 こちらも約束事めいたいつものやり取りを交わし、何か準備があるのか会話を再開させながら向こうへ並び歩いていく。この機、とばかりに黒子が話を戻した。
「そのあたりの理由でないなら、どんなわけで?」
「あー……」
 なんとなくといった様子でもないようですが、と重ねてくるのに、がりがりと頭をかいて言いよどんでいると、
「何日か前の夜に日向さんがどこかへ出かけたのと、それを火神君が追っていったのと何か関係があるんですか?」
 唐突に問いが核心に触れ、火神はぶは、と思わずむせ込んだ。
「お、お前、なんで知って……」
 大きな音を立てないようそれなりに注意して出入りをしたはずなのに、日向を追ったことまで知られているなんて、と動揺とともに問うと、実は火神君が外へ出たときに起きてたんです、とあっさり答えが返った。
「寝ぼけて池にでも落ちたら大変だなと思ってこっそり後ろから見てたんですが、日向さんの後を追っかけ始めたので、まあ変な人について行ったんじゃないからいいや、とそこで帰って寝ました」
「そこまでやってたんなら最後まで心配しろよ……」 
「眠かったので」
 淡々と言う。次に目を覚ましたのは朝で、火神が部屋に戻ってきたのには気付かなかったらしい。その場で顛末を訊かずこうして斜めから切り込んでくるあたり、この相棒もなかなかに我が道を行く人間である。
「何かあったんですか?」
 改めて問われ、また頭をかく。自分でも答えの捉えられなかった光景をうまく説明できる自信はない。もとより、後にも先にも日向があの夜の出来事について何も語っていない以上、言わばそれは密事であり、火神がしたのはその覗き見である。大びらにできるいきさつでもなかった。
 けど、と胸の内に唱える。
 あの夜の物々しくもどこか哀しみを帯びた景を、平素の鋭さを収めて神樹を仰ぐあの目を、忘れることができない。忘れてはならない、知りたい、とさえ思う。この森の平穏を翳らせる憂いがあるのなら、それすら共に分かち合いたいと、そう心底から願うほどには、今の自分は彼らに親しみを寄せている。
「実は、よ」
 自分の鈍い頭だけでは答えがわからなくとも、この頼もしい相棒となら何かを見出だせるかも知れないと、火神は意を決して口を開いた。



「なるほど。そんなことが……」
 話を聞き終えた黒子は、何やら思うところがあるのか、口元に手を当て考え込む素振りをしている。
「なんか気になって、つい日向さんのこと見ちまうんだ」
「そうですね、気持ちは分かります。その、祭壇に寝ていた男の人に何か変わった点とか、気付いたことはありませんでしたか?」
 言われて、三日前の晩の記憶に頭を巡らせるが、今語った以上に教えられることはないように思えた。
「わかんねー。ほとんど死んでるみてぇに動かなかったし。それに結構遠くにいたから、細かいとことかは良く見えなかったんだ」
「本当に死んでしまっているわけではなかったんですよね?」
「だと思う。じゃなかったら、日向さんもあんな風に術をかけたりしてねぇだろうしな」
 初めて目にした印式がなんの術であるかまではわからなかったが、まさかに死者蘇生などの類のものではなかったろう。これまでに出会った先達たちに教えられた言葉が確かなら、人間の術者や宿り者であればともかく、真の神霊には世の理を覆すような力の行使はできないはずだ。
「詳しいことはわかんねーけど、あの人も、多分この森の仲間なんだと思う。日向さんも他の皆も何も言わねぇし、秘密の話で、俺が口出していいことじゃないのかもしれねぇけど」
 それでも、自分には関係ないのだと、見なかったものだと思い切ることができなかった。
「皆がもし困ったり悲しんだりしてるんなら、俺がそれを知らねぇのは悔しいっつーか……や、でも嫌だとかってわけじゃなくて」
 騒乱に身を投じて半年、ここに至るまでの道程にも人の悩みや苦しみを目の当たりにし、それに心を動かされたことは幾度もあったが、そのどれにも似通うことのない想いだった。熱帯びた激情ではない、胸の奥深くがじわりと痛むような、身体のどこかにぽっかりと穴が空いてしまったような、そう。
「なんか、……寂しい、っつーのかな」

 おかしいんかな、と常になく弱い声音で、自身の心を確かめるようにしてぽつりぽつりと語った火神に、黒子はほほ笑んで返した。
「おかしくなんてないです。僕だってお世話になっている皆さんの力になりたいと思いますよ。急に押しかけたような僕らにも本当に良くして頂いてますし。……それに、火神君の場合――」
「……俺の場合?」
 一度区切り、独り言のように落とされた言葉を訊ね返すが、黒子はいえ、と呟いて首を振った。どうかしたのかと問いを重ねる前に、前方から自分たちを呼ぶ日向の声が届く。はい、とそろって即座に上げた返事も、このひと月の間に染みついた習慣だ。
 立ち上がり、並び歩き出しながら、黒子がひそめた声で言う。
「火神君が知りたいと思うなら、僕はそれに協力するつもりです。でも、もう少し待ってもらえますか。――確かめたいことがあるんです」
 見上げる瞳の真摯の色に気圧され、それ以上に言葉を継ぐこともできず、火神はただ黙って頷きを返した。



 昼の会話から五日が経った晩であった。
「……君、火神君」
 耳元に落ちる声と、肩を揺さぶられる感覚に意識が浮上する。ゆるりと目蓋を上げると、間近に白い顔が浮かんでいた。
「う、」
「しっ、僕です」
 上がる指に、すんでのところで驚きの声をこらえる。いい加減に慣れてください、とぼやかれるが、こちらとしては人を起こす時ぐらいもっと存在感を出せ、と言いたかった。
 いつもの水掛け論に転がりそうなところを今日はすぐに切り上げ、黒子はともかく布団から出てきてください、と火神を促した。
「日向さんがまた出て行ったんです。僕らも行きましょう」
「……は?」
「さ、早く」
 それだけ言うと、まだ布団に座ったままの火神をおいて、さっさと部屋を出て行ってしまう。慌てて立ち上がり、枕元に置いた袴と上着を身に着けその背を追いながら、呼びかける。
「おい黒子、どういうことなんだよ」
「日向さんを追うんです。一週間前に君がしたみたいに」
 さらりと言われ、火神は眉根を寄せたまま平然とした顔を見返す。無知な子どもに常識を言い聞かせるように、黒子は淡々と言葉を足した。
「この間お話ししましたよね。神樹の下に寝ている男の人のことを。あれから少し調べていたんです。答えにつながりそうな情報はそれなりに集められましたし、僕なりに色々と推測はしてみたんですが。最終的にわかったのは、実際に見てみなければ結論は出せない、ということでした」
 だから追って、見るんです。理路整然と導き出された結論に、しかし火神は困惑を払えなかった。半ば不可抗力のようなものであったとは言え、許可もなく森の密事に触れてしまったあの夜の自分にさえ、罪悪感を覚えるままでいるのだ。それと知って見に行く、となれば、今度はもうなんの言い逃れもできない。どうにも気が咎めるものがあった(と同時に、かの主神の怒りが恐ろしいという想いがあったのも嘘ではない)。
 足を踏み出せない火神に、君は、と黒子が語りかける。
「知りたいと、悔しいと言ったでしょう? それとなく訊くだけじゃ、皆はこの秘密を打ち明けてくれないと思うんです。きっと、僕らのために気を遣って。でも、その優しさに甘えて何もしないでいたら、いずれ必ず後悔する時がくる」
 答えを掴みましょう、僕たちで。静かな声が胸に立つ不安の波を凪がせる。ああ本当に、俺の相棒は頼りになる、と見目とは裏腹の強い芯を持った彼との出逢いに、火神は改めて感謝した。


「よし、行こうぜ。術頼む」
 話している間にもう日向は森の深くへ入っていってしまったはずだが、黒子の隠形術があれば姿を隠して気付かれずに追っていける。あの日のように日向が歩いて神樹へ向かうのなら、こちらが駆ければ先回りさえできるはずだ。はい、と黒子は頷き、
「じゃあ、負ぶってください」
 けろりと続けた。
「……え?」
「負ぶってください」
「なんでだよ」
 言う意味がわからず、自分で歩けよ、と拒否するが、黒子はわからないのは君のほうだとばかりに重々しく首を振った。
「良く考えてください。術を使いながらで体力馬鹿の火神君についていけるわけないじゃないですか。僕が術で身を隠す、火神君は僕を運ぶ。これが道理です」
「いや、そりゃそうかもしれねぇけどよ……お前、なんのために修行してんだよ……」
「あ、あと怒られるときは一緒ですよ。逃げないでくださいね」
「どっちかっつーとお前のほうがいつの間にか消えてそうな気がすんだけど」
「さ、行きましょう」
 体力と持久力の向上を目標にしているはずの黒子は、さっさと会話を切り上げて陰形の呪言を唱え始める。どうやら一歩目から自分の脚を使う気のないらしいその割り切った姿を横目に、そうだ俺の相棒はこんなやつでもあった、と息をつきながら、
「せめてケンゲンして肩に乗れよ」
 そうひとこと言い落とすだけの火神であった。



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