オレンジメイツ
いったいどんな建材で造られているのか、首をいっぱいに倒してようやく天辺が見えるほどの高さの割に妙に軽く滑る教室の扉を引き開けると、誰の姿もなかった。それもそのはず、現在の時刻は七時十分。始業の予鈴が鳴るまでまだ一時間以上ある。実家を出て徒歩通学できる距離に住んでいる瀬呂だが、バスや電車の遅延に左右されない確実性が担保されているだけ用心も要らず、普段はクラス内でも後ろから数えたほうが早い時間に登校している。昨夜は日中の演習の疲れで早々に寝てしまい、つられる形で今朝は夜明け前に目が覚め、気まぐれ任せにそのまま家を出たのだが、少々早すぎたようだ。
さすがに一番乗りか、と教室の中へ足を進めて、ふと違和感に気付いた。常からの整理整頓が固く言い渡されている、すなわち始業前にはなんの荷物も道具も出し放されていないはずの教室に、意外な物がある。廊下側一列目、前から四番目の席の机の上、右隅に三つ等間隔に整列した手のひら大の円筒。
「……オレンジジュース?」
思わず疑問の声が漏れた。引かれるように歩み寄った机の上に乗っていたのは、百六十ミリサイズの小さなジュース缶だった。表に描かれているのは全て同じ果物、奇しくも瀬呂の好むオレンジの絵である。
(ここ飯田の席だよな?)
一度周りを見渡して確かめる。入学から約二週間、空の席を見て咄嗟にその主を思い出すのはまだ少し難しいが、日ごろから何かと発言が多く、多重の意味で言動目立つクラス委員長の座席位置は自然と記憶していた。
となるとなおさら意外の感が深まる。いかにも真面目一徹、かつ堅く大人びた(と言うより男子高校生らしいゆるさのない)委員長の姿とはまるで結びつかない品である。多少でもそれらしさを見出すとするなら、場末の店にひと山いくらで置かれているオレンジ色をしているだけの甘味料入りの水、といった商品ではなく、紛いなき果汁百パーセントの、贈答用に買うような高級品である、といったところぐらいか。直接訊き確かめたことはないが、明らかに坊ちゃん育ちであろうからして。
はて、と首をひねったその時、
「――む、早いな瀬呂くん、おはよう!」
がらりと教室の前の戸が開き、今まさにその四角張った佇まいを思い浮かべていた人物が現れ、びしりと直角に手を上げながら室内に響き渡る声で挨拶を発した。
「はよ。委員長もはえーね」
こちらは常識的な音量で返しつつ、見やった姿は手ぶらである。ということは。
「もしかして一番乗りだった?」
「うむ。今のところ毎朝一番だぞ。近くに住んでいるからな!」
今日の予定を確認しに職員室へうかがっていたんだ、と説明する飯田も確かに実家出の独り暮らし組だったかと思い出すが、彼は近いからこそゆっくり登校している自分とは真逆の発想を導き出したらしい。まあこいつならそうだろうなとその流れには大いに納得し、せっかくの機会だと、こちらへ歩き進んでくる(瀬呂が自席の横にいるのだから当たり前だが)委員長へ、まだ得心に至らない意外な物の説明も求めてみた。
「ここ委員長の席だよな。これお前の?」
一度教室に寄り荷物を置いてから職員室へ向かったという事情はわかったが、置いていった物の正体は謎のままだ。指差して訊ねると、あっさり頷きが返る。
「ああ、ぼ……俺の所持品だ。まだ誰も来ないと決めつけて放置していったのは良くなかったな」
「こういうの飲むの結構意外なんだけど。好きなん?」
そう問いを重ねると、
「嗜好の面を訊かれると普通という答えになってしまうんだが……オレンジジュースは俺のガソリンなんだ」
「ガソリン……?」
想像をさらに超えて意外、どころか不可解に入り込んだ答えが飛び出してきたので、言葉をおうむ返しにするだけの反応しかできなかった。飯田自身もさすがに補足が必要な話と承知しているらしく、すぐに説明の言葉が足される。
「俺の個性のエンジンを動かすのに必要な燃料で、切れると内燃させられなくなりかねないから定期的に摂取している」
「はー」
ジュースを摂取、とはなかなか聞かない言葉である。飯田の個性はただ脚の力が強く速くなっているというだけでなく、その名の通り本当に「エンジン」に類する機関を積んでいるのだということだ。本物のガソリンや軽油を使っていると思っていたわけではないが、なんとも予想外の事実と言っていいだろう。
「ん、てことは実習の時にいつも飲んでんのって……」
「オレンジジュースだ」
「はあー」
演習時に常にボトルを携帯しているのは生真面目さゆえの習慣で、お高いスポーツドリンクでも入っているのかと思っていたが、まさか必須の燃料、それもお高いオレンジジュースであったとは。思わぬ場所から謎が解けた気分だ。正直なところかなり面白い。
「エンジン噴かすのにジュースってまた変わった個性だなあ」
「それを言うなら君の個性だって、普段の食事を原料にゴムや樹脂に近い物質を生成しているわけだろう? バイオエタノールのような生物資源から作られる燃料は個性発現時代以前から存在しているし、そこまでおかしなことでもないと思うのだが」
先日話した時にも麗日くんに盛大に笑われてしまった、と不思議げに言って、飯田は特徴的な形の眉を寄せる。いやそういうとこそういうとこ、とこのどこかずれた四角さがツボであるらしい麗日の笑いの理由を指摘することもできたが(おそらく「何それかわええ……!」とかなんとか言って噴き出したに違いない)、まあ納得しないだろうと吞み込み、現状に関する話を続けた。
「んじゃこれは今日分の燃料ってわけね」
「ああいや、これは余りなんだ。昨日の演習での運動量が多かったせいか今朝は少し寝坊をしてしまって、あせって出てきたものだから前日にボトルに補給したのを忘れて余計に持ってきてしまった」
「あーなるほど」
この時間で寝坊かよと思いつつ、言えばなにがしかの説教に波及しそうなので相槌のみにとどめる(飯田の登校がロードワークがてらで、この時の想像よりさらに早い時間に家を出ていたことを知ったのはまた後日の話だ)。代わりに見慣れない商品そのものへと話題を移した。
「しかしまたイイもん燃料にしてんなぁ。俺オレンジが好物だからこういうのもたまーに飲むけど、大抵在庫一掃のセール品だわ」
「む、品質は確かだと思うが値段についてはわからないな……実家で人から頂いたものをまとめて持ってきたから」
やっぱりいいとこボンだな、とこれは十割で反駁の文句が出てくるだろう感想を胸の中でのみ転がすと、今度は飯田の側から問いかけてくる。
「瀬呂くんはオレンジが好きなのかい?」
「おう。まんまのもだし乾燥ピールとかの加工したやつも食うよ」
なんの気なしの答えに、
「そうか。ではオレンジ仲間ということだな! ちょうどいい、お近付きのしるしに一本進呈しよう!」
麗日ならまず噴き出していただろうそんな言葉を発して、並んだ三本のうちの一本を手に取り上げ、こちらへ差し出してくる。思わぬ展開に瀬呂も少々ならず驚いた。
「いいの?」
「ああ。家にまだあるし、せっかくだから昼食の時にでも緑谷くんと麗日くんに飲んでもらおうと思っていたんだ」
緑谷と麗日に一本ずつ、残る一本は自分がと考えていたが、今日の必要分は確保してあるし、という意味での「ちょうどいい」の言葉だったのだろう。おこぼれに預かった形だが、断る理由もない。
「んじゃ遠慮なくもらうわ。サンキュ」
小さな缶を受け取れば、ああ、と飯田は大きく頷いた。嬉しげに向けられた笑いに、今日一番に意外の感が深まる。堅物だロボだ非常口だと思っていたが、いやそれは完全に間違った評価ではないのだろうが、この二週間の印象で決め込んでいたよりもずっと、なんと言うのか、
(……人懐っこいな)
浮かんだ言葉を咀嚼して、今までの話題から全く離れた問いを投げかけた。
「飯田ってひょっとして上に兄姉いる?」
「ん? ああ、兄がひとりいるぞ」
やはりと内心頷き、もう一問。
「結構トシ離れてたりする?」
「うむ、兄とは十五歳差だが……なんでわかったんだ? ひょっとして瀬呂くんも兄さんのことを知ってるのかい?」
今度は飯田の側から少し突飛な反問が出てきた。知っているような人物なのか、と首振ってから訊ねてみると、なんとプロヒーローのインゲニウムが兄その人なのだと言う。さすがに轟の父であるエンデヴァーほどの認知度はないが、ビルボードチャート上位常連者であるし、生家のある都内を活動地域にするヒーローなので(そう言えば飯田も東京の出身であった)、他のクラスメイトより多少は詳しいかもしれない。
「お前の兄ちゃんだってのは知らんかったわ」
「そうなのか。ならなぜ上に兄姉がいると?」
「んー……まあ、なんとなく?」
ふとした反応が物凄く弟っぽい。それもオトナ域の人間に可愛がられて育ったタイプだ。しかしそう感じた理由をうまく説明できる自信がないうえ、単純に面倒であったので、適当にごまかして答えた。飯田はまるで疑う気配なく感心の声を上げる。
「なんとなくで当ててしまうとは、素晴らしい洞察力だな!」
拳握って目を輝かせる様子はやはり弟っぽい。ヒーロー一家出身のサラブレッド、優等生の学級委員長、四角四面の堅物メガネ。いかにも自尊心の高そうな属性ばかりを備えたクラスメイトの普段の発言は、やはりそれらしい注意や説教に類するものが断然に多いが、授業中、特に演習中の言葉を聞いていると、実はこうして人を真正面から称賛するものも多いようだ。どちらの場合でも常に過剰なほど真剣で、麗日のように笑いを誘われることもしばしばではあるのだが、そうした飯田の性質を瀬呂は悪くないものと捉えていた。少なくとも、入学初日に爆豪と不毛な口論を繰り広げていた姿に感じたものからは、印象がだいぶ好転している。
ある人間との交流が続いてその性格や性質への理解が徐々に深まる中で、それまで見ていたものをいちどきに塗り替えるような、不意の驚きにぶつかる感覚は割と愉快だ。人付き合いの醍醐味とも言えるのかもしれない。早起きからの気まぐれはひとつの収穫につながったようだ。
まあ明日からも早く登校しようと思うかっていうとそりゃまた別の話だが、などと考えながら、明日もまたこの時間に教室にいるのだろう真面目な委員長の、まだ引っ込んでいない笑いを横目に眺め、それなりに良い気分でお高いオレンジジュースを手の中に揺らした。
◇
体育祭が終わり、職場体験、期末試験、林間合宿、そして神野市での戦いと、大小の事件と騒動ばかりを詰め込まれたような濃度の高い日々があっという間に過ぎていき、生徒の安全確保を目的に、雄英高校は夏半ばから全寮制となった。それからまた波乱含みの仮免試験や、A組生徒も巻き込まれたヴィラン組織絡みの事件を経て、今はようやく落ち着いて勉強と実習に励むかたわら、迫る文化祭の準備の真っ最中である。厳しいスケジュールをこなし、寮に帰ってからの風呂と夕食前後のだらだらとした時間が憩いのひと時だ。
「瀬呂くん、荷物が届いてたよ」
「おっ、サンキュー口田」
「なんだエロ本か? エロビデオか?」
「ちげーわ」
口田の大きな両手でひと抱えのサイズの段ボール箱を受け取り、共用部のキッチンへと運ぶ。中身は承知だったので、置き先がわかり興味を示して寄ってきた何名かの前で早速開封した。
「お、ミキサーじゃねえか」
さすが砂藤、パッケージの上半分が見えた時点ですぐに気付いたようだ。正解、と頷きつつ中を取り出し、手早く物を寄せて空けてくれたワークトップの隅に設置する。入寮当初はきれいな平面だったキッチンも、砂藤の製菓用具やその収納用の棚を始めとしてもう随分と物が増えた。
「ジュースでも作んのか?」
「ジュースも作れるけどこれならスムージーだろ。皮とか無駄にならねぇし」
「美容と健康にいいやつだ!」
「セレブヒーロー御用達だね☆」
上鳴の問いに砂藤が瀬呂の代わりに答え、葉隠が見えない腕を上げてはしゃぐ。もともとは業務用に使われることが多かったが、さらにその隣で何やらのポーズを決めながら青山が口にした通りの売り文句で十年以上前に流行し、今ではすっかり定着したというものらしく、今回の商品を選ぶにあたってもピンからキリまでいくつもの選択肢が出てきた。
「なんのスムージー作るの? イチゴ? りんご? バナナ?」
「野菜もいいよね……」
「スターフルーツはどう☆」
「ファミレスのドリンクバースペシャルみてぇに色々ごちゃ混ぜにして謎液体作りてー」
「罰ゲーム用かよ」
わいわいと言い合う仲間たちを横目に、説明書と付属品をざっと確認する。ボトルの容量は六百ミリ。一度に二、三人分ができる製品だが、これだけ関心を集めるならもっと大容量のものでもよかったかもしれない。
「性能はまあ並よりちょい上、ってとこを選んだから、割と硬いもんもいけるらしい」
「コーヒー豆とかナッツとかに使っていいならそれでクッキーなんかも作れるぜ」
「おー。実はそのへん期待してた」
私室ではなく共用部に置いた道具の類は、購入者、オーナーの認識は一応あれど、基本的には全員の共有物になる。共同生活を潤すための寮への寄贈品、といったところだ。鍋だのホットプレートだのの調理製品が増えがちなのは、こうした自分への還元がわかりやすいためでもある。
「ナッツ砕いて刃こぼれとかしねーの?」
「専用のアタッチメントがあれば大丈夫だよ。僕も家で結ちゃんのペレットを粉にする時にミキサーを使ってた」
食欲がない時にそれでお団子を作って、とそれはそれで興味深い話が続いているが、聞き手はほかの友人たちへ任せて冷蔵庫を開け、野菜室をかき分けた。菓子への期待は目的の半分、半分はもちろん主用途のスムージー作りのためのものだ。誰かにうっかり食われてしまわないよう、名前まで書いておいた袋を奥から引っ張り出し、ミキサーの隣に据えたのは、当然、好物のオレンジである。
せっかくだからと奮発して買った愛媛県産のブランドものを手早く剥き、果肉を取り出す。皮は捨てないで取っておいてくれ、と横からかけられた砂藤の言葉に期待の頷きを返しつつ、鮮やかな色の実と適量の氷をボトルに放り込み、本体にセットして、蓋を押さえて電源オン。刃が固形物にぶつかる軽い抵抗感も一瞬、ものの数秒で、ボトルの中には鮮やかな色の半液体だけが残った。
「わあ、いいにおーい!」
「結構どろっとしてんなー」
「スムージーだからな」
中サイズのグラスに注いでちょうど二杯分。一杯は自分の手元に確保し、さて、と顔を上げたちょうどその視線の先に、男子棟側から二名のクラスメイトが並び歩いてくるのが見えた。長身メガネの委員長と、紅白頭の色男。
「飯田!」
ふと考え浮かぶのと同時に呼びかけた。何を話していたのか体側でしゅぴしゅぴと振られていた手が止まり、自分の顔を指して首を傾げる。頷きつつ手招きの動作を見せれば、一度止まった足がこちらへ向きを変えて歩き出した。連れ立っていた轟も当たり前のように後ろをついてくる。
「何かあったのかい」
問題が起きて呼ばれたものと思ったのか、やや硬い声で訊いてくるのへ、ミキサー届いたから試運転中、と答えると、そうかとすぐに表情がなごんだ。入学から半年あまりの日が過ぎ、四角くお堅い委員長の印象はさらに少し変化をしていた。雄英のトラブルメーカーの名高いA組をリーダーとして引っ張る経験と、当人や家族も渦中のものとなったいくつかの事件などを経て、他人の受ける印象だけでなく、飯田自身も変わったのかもしれない。
「とろろとか作るやつか」
「それはフープロじゃねぇかな……」
後ろで飯田以上に印象のがらりと変わった色男が言い、隣から砂藤が訂正を入れている。入学間もなくのガンギマリの目をしていた頃は、この優秀な推薦入学生が自然にクラスの輪に入り、何気ない(かつ色々とずれた)会話をするようになるとは思っていなかったし、自ら宣戦布告を投げかけた腕ぶっ壊し問題児や、一見通じ合うところのなさそうな生真面目委員長と特に親しくなるとも思っていなかった。さらに言えば、体育祭で何やらのイラつきのとばっちりを受けて見事な氷のオブジェにされた自分も、今や隣室のよしみもあってそれなりに親しんでいるのだから、まったく意外で愉快なものである。
まあそれはともかくと感慨を横に置き、手にしたグラスをカウンター越しに前へ差し出す。
「委員長、代表で飲んでみっか?」
「む?」
四角い目がぱちくりと瞬き、また首を傾げた。周りで葉隠たちがいいなぁなどと騒いだので、なおさら疑問を感じたらしい。
「皆が待っていたなら横入りするわけには……」
「いや別に順番待ちさせてたわけじゃねぇよ。ミキサーは寄付ってことでいいけど中身は俺の持ち込みだし」
飲みたきゃ自分で材料用意しろってやつ、と言うが、当然そこは同じ立場となる飯田はまだ困惑を浮かべている。まあさすがに連想も難しいかと、言葉を続けた。
「いつかのお返しってことで。『オレンジ仲間』だろ?」
みたび横へ倒れかけた首が止まり、あ、と大きく口が開いた。半年も前のごく些細なやり取りだったが、勉強ができるだけでなく意外に日常の雑事にも容量を割いているらしい頭は、まだ記憶を消してしまってはいなかったようだ。
口にした語を聞いて周りもああそうかと納得を浮かべているが、今やA組でオレンジと言えば自分ではなく飯田であるのは少々複雑な気分である。体育会系堅物メガネの常飲燃料がフルーツジュース、という点の印象がよほど強いのか(まあそりゃそうだろうなとは思う)、嗜好の面では普通と公言しているにも関わらず、毎度オレンジ味の何かを人に贈られているのは断然飯田のほうだ。ちょうどこんな風に。
厚意には好意が基本姿勢のポジティブ委員長は、そうした折には常のごとく、別に好きなわけでもないから、などという無粋は言わずにそうかと頷き、大きな手を結露したグラスへ差し伸べる。両手を揃えて行儀よく受け取っていくのがなんともらしい。そうして、
「ありがとう。では遠慮なくいただくよ」
嬉しげに言って浮かべたのは、クラスの父親(時に母親)扱いがもっぱらとなっている近頃ではあまり見なくなっていた、例の「弟っぽい」笑みだった。
飲み方まで行儀よく、いただきますと言って大きな口で小さくオレンジのスムージーを含んだ(そういえばいつもストローでドリンクを飲んでいる)飯田に続き、瀬呂も自分の手にするグラスを傾けた。材料がいいだけに味も上出来で、氷の量もちょうどであったようだ。
「なかなかじゃん?」
「うむ、とても美味しいぞ!」
「わーいいなぁ。私も今度なにか果物買ってこようっと」
「スムージーでも委員長のガソリンになんのかね?」
「ミキサーで作る菓子のレシピ集めてみるか」
「チーズケーキなんかもできるって書いてあるよ」
「チーズは素敵だね☆」
わいわいとまた盛り上がり始める仲間たちの輪の一角で、
「おや轟くん、君も興味があるのかい。良ければどうぞ」
「ん、もらう」
などと言葉少ななねだりと察しからの甘やかしのやり取りをする二名の姿も次第に見慣れてきたものだが、抵抗なく回し飲みをする優等生のどちらとも、そういえば末の弟の立場だということだったなと改めて思い出す。姉力にあふれる蛙吹がいつであったか「二人とも素直な良い子たちで可愛いわ」と、同級生に贈るにはいささか大胆な評を述べていたのもそのためかもしれない。
まあ多少の、それこそ単価の張るスムージーを一杯奢ってやる程度のほほ笑ましさは認めるものの。
「かわいいっつーにはどっちもデカいしあれこれ強過ぎんだよな……」
「なんの話?」
「こっちの話」
さて、進級までのもう半年でさらに印象変じるような収穫があるだろうかと、愉快半分の心地でまた一口グラスをあおる。果実としてならそのままでこそとも思えるが、どうせ混ざるなら意外なものまで放り込むほうが面白い結果が得られるに違いない。罰ゲーム用の液体のふたつみっつもあいだに作りながら、しばらくは好奇心旺盛な仲間たちとともに研究に勤しむことになりそうだと、多彩な声の輪の中でそんなことを考えた。