あるプロローグとエピソードN


 ごく平凡な高校のごく平凡なヒーロー科に通うごく平凡な成績の女子学生にとって、最初で最後の温情のようにヒーロー志望者へ満遍なく機会の与えられる職場体験というイベントは、なんとしても外すことのできない大きなチャンスだった。だったというのに、あろうことか直前に風邪を引きこじらせ、選考に使われる試験と実習に高熱を押して臨んだ結果、ウメキユウカの成績は平凡を大きく下回り、プロからの指名は当然ゼロ。出した希望もことごとく通らず、健康管理でマイナス査定が付こうが再試を受けた方がましだった、と消沈する中、最後の最後に滑り込みで受け入れ先が決まったのは、移動予定日の三日前のことだった。
 受け入れ先が見つかったと担任に告げられた時は、ただただ救われたという気分で、相手方のことを考えるのは二の次だった。ここまで来たならどんな無名の事務所だって構わないと決め込んでいたところ、場に転げ出てきたのは、驚いたことに、と担任さえ正直に言った、ごく平凡な社会知識量の子どもでも一度ならず活躍を耳にしたことのある、人気上昇中のヒーローの名だった。


「チームイダテンへようこそ。俺は所長代理兼チーム代表の飯田天晴。一週間という短い期間になるがよろしくどうぞ。今はもう現場を引退してヒーローネームを使ってないんだが、うちは飯田が多いんで機会がある時は遠慮なく下の名前で呼んでくれ」
 白髪のおじさんから若いのまで三人、下手すると四人いっぺんに振り向くから、と笑って語る車椅子の男性の前には、ユウカを含めて五名の学生が並んでいる。事前に説明は受けていたが、実際に集まってみての驚きと違和感は大なり小なり共有している空気があった。
 通常、職場体験の定員は各事務所二名。近年は条件の緩和が進んでいるそうだが、それでも増えて三名程度までが基本のところ、五名もの学生を預かることを決めて、それが認められているというだけで、事務所の規模と実績をうかがい知ることができる。
「ま、引退おじさんの出しゃばりはほどほどにしておいて、早速うちの看板息子に挨拶してもらおうかな。――インゲニウム」
 はい、と良く通る声で応えて、横手の数名の並びから白いアーマーコスチュームのヒーローが前へ歩み出る。呼ばれた名こそがこの大きな事務所に冠された名前で、車椅子の所長代理から継いだものだというのが、ここへ来るまでに改めて調べて得た知識だった。並みいるトップヒーローたちと比較してまだ露出は控えめであるとは言え、ニュース映像や雑誌の特集で確かに見た姿が目前に現れたことに、声こそ上がらなかったものの、自分含む学生仲間たちが浮足立つのを感じた。
 頭部を覆っていたフルフェイスのメットとマスクが軽い駆動音とともに開いて、藍がかった黒髪と青年の域にある若々しい顔を露わにする。あ、似てる、というのが第一の感想だった。歳はだいぶ離れているように見えるが、所長代理の実の弟という前情報に、これは間違いないと実感が付される。
 どこからか取り出された四角い眼鏡をかけると兄からはまた少し印象が遠ざかって、代わりに現れた真面目な印象そのままの声が、大きく開いた口から発された。
「はじめまして。今日から一週間、君たちの引率の主担当を務めるチームイダテンのインゲニウムです。どうぞよろしく!」
 しゅたっと音の出そうな勢いで直角に手を上げて言う様は、ヒーローというより学校の教員然としている。よろしくお願いします、と五名揃って礼をすると、満足げな朗笑が返った。
「代表からもあった通り、六日間という非常に短い期間になるが、それでも初めての現場での体験から得ることはとても多いと思う。短いからこそ時間を無駄にせず、より前向きに積極的に学んでいってくれると嬉しい。そのための手助けはチーム全員、全力でさせてもらうから、なんでも遠慮なく頼ってくれ。俺も若輩の身でまだまだ至らないところが沢山あるので、君たちと共に初心を学び直すつもりで取り組ませてもらおうと思っているよ」
 一緒に頑張ろう、と胸を叩くターボヒーローの隣から、かったいなあ、と茶々が入り、周りのサイドキック達の列にもくすくすと笑いが起こる。
「もう、初日なんだからこれぐらいでいいだろう! よろしくお願いします!」
 本人の言葉通り、この場のヒーローの中では最も若年らしい〝看板息子〟は、さっと頬を赤くして早口に反駁し、腰を直角に折って礼をした。周りに倣って自然に拍手をしながら、早くも緊張のいくらか和んだ空気に気付く。つい一時間前に知り合った隣の学生仲間に視線を送ると、ぱちんと得意げなウインクが返った。


 初代インゲニウムこと飯田天晴が祖父からの二代の地盤を礎に築き上げた事務所、そしてそこで活動する「IDATEN」は、東京圏を代表する大所帯のヒーローチームとして知られている。インゲニウムという人気ヒーローを看板に据えつつ、適材適所の人員運用、チームの総合力を最大の武器と掲げ、どんな現場や状況にも臨機応変に対応して事件解決にあたり、警察、企業、市民から広く信頼を集める事務所――というのが、本やネットで一般的に得られる情報だろう。
「そう! 実際に見ると本当にチーム一丸って感じで皆てきぱき動いてて、すっごく格好いいの! でも格好いいだけじゃなくて、優しくて親しみやすくって、なんか大きな家族って感じなんだよ!」
 集合時間前、共に早く到着していた職場体験生と挨拶を交わし、女子同士ということもあってすぐに打ち解け始まった雑談の中、拳を握って力説したのは、雄英高校から来たアイカワチサトという少女だった。北関東の田舎の出だという彼女は、幼い頃、故郷一帯が反社会団体による不法占拠と、占拠施設での火の不始末から発生した大規模な森林火災という事件に見舞われた際、大人たちとはぐれてあわやというところを、駆け付けたチームイダテンのメンバーたちに保護され、家族のもとへ送り届けてもらったのだという。以来、イダテンに入ることを目標に勉学に励み、ヒーロー科最高峰の雄英に入学して今日ここへやって来たと言うのだから、その意気込みは並々ならぬものがあった。
「私の個性は正直あんまり強くないし貴重なものでもないけど、イダテンでなら自分の力を活かして、あの時の私みたいな人を助けることができるんじゃないかと思ったの。インゲニウムがヴィランにやられたって聞いた時は凄くショックで……でも弟さんが名前を継いで、イダテンも変わらず続けてくれることになって、大感激しちゃった!」
 といったようなことを自己紹介の場でもはきはきと語った彼女の次に前へ立って、自分の平凡なヒーロー志望動機や目標を語るのは気後れを超えて身のすくむ思いさえしたが、チサト以外の学生たちの様子はユウカと似たり寄ったりであったし、インゲニウムもサイドキックたちも全員に変わらない拍手を贈ってくれた。どうやらインゲニウムのような移動系の個性の備わる学生は一名だけで、ユウカ含むあとの四名は、皆どちらかと言うと汎用性の低い、一定の用途に特化した個性を持っているらしい。学生たちの挨拶が終わったのち、それぞれ浮かばせていただろう疑問への回答があった。
「ヒーロー科へ入って強力な個性を持つ仲間と触れ合ううちに、自分の個性を平凡なものや役に立たないものだと決め付けて、やる気をなくしてくすぶってしまう学生が多いと聞いている。そんな人間を一人でも減らして、自分の成せること、自分がなれるものを見つける手助けになりたいと思って、イダテンでは公安委員会の認可を得て毎年規定より多くの体験生を受け入れているんだ。選考の際になんらかの事情があって指名から漏れ残ってしまっている学生も、独自の調査でリストアップするようにしているよ」
 そのリストに自分が入っていたのだろうか、と幸運に感謝しながら見つめるターボヒーローは、祖父の代から受け継ぐという、シンプルでいて広く応用の利く強個性の持ち主だ。自身それを認めつつ、前日にユウカがチェックしていたインタビュー映像の中で、彼はこう語っていた。
『自分の個性には誇りを持っているし、今日まで磨いてきた力に対する自信もあります。しかし、独りきりの力で成せることなどいくらもありません。俺がまっすぐ前だけを見て走っていられるのは、常にチームの仲間たちや、ヒーローの友たちと諸先輩方、そして活動を支えてくれる市民の皆さんの助力あってのことだと思っています。そうしたひとつひとつの力に感謝を忘れず、この手の届く限りに大切に護っていきたいし、時に手を取り合って共に歩んでいきたい。それがインゲニウムとチームイダテンの信条です』
 画面の向こうにぼんやりと眺めた時には、優等生の通り一遍な決まり文句とも感じられたメッセージ。いざ目の前で聞けば、そこにひとつの嘘もごまかしも混じ入っていないことはすぐに理解できた。学生以上に真面目でまっすぐなヒーロー。それが第二の感想になった。
(せっかく見つけてもらったんだから、頑張らなきゃ)
 気を改め、拳握って顔を起こす。騎士甲冑を模した白いアーマーに窓から差し入る朝日が照り映って、眩く輝いて見えた。


 顔合わせ後はまず事務所内をひと通り見学し(想像をはるかに超える規模の施設と最新鋭の設備に、感嘆の声がひっきりなしに上がっていた)、十時半を回ったところで、インゲニウムと男女各一名のサイドキックの引率のもと、街のパトロールに出発した。初日ということで学生は五名全員が連れ立っての行動となったが、明日からは別働しているチームに一、二名ずつ振り分けられ、事務所の本部と逐次連絡を取り合いながら警邏を行うことになる、と道々説明がなされる。
 初日のルートはビル街であったため、行き違うのは会社勤めの人間が多く、ヒーロースーツの集団への関心の視線は感じるものの、むやみに声をかけられるようなことはほとんどなかった。これが住宅街のルート、それも平日の午後や休日となると、親子連れに囲まれて全く動けなくなることもあるという。
「うちの看板息子は支持がまだ小学生とそのママさん世代に偏っててなあ」
「アーマー系ヒーローの宿命ってやつね。もっと顔出してけば一般層の人気なんてすぐ釣れるんだろうし、広報チームでもタイミング計ってるっぽいけど」
「どなたであれ応援して下さるのは有難いことです!」
 歳上のサイドキックたちの雑談に、そんな噛み合っているのかすれ違っているのか微妙な受け応えを返すなどしてチーム内の年少者感を高めつつも、集団の先頭に立って周囲へ目を配りながら、パトロールの重要性や手順を理路整然と語るインゲニウムの姿は板に付いており、実例を示しながらの注意の言葉もわかりやすかった。イダテンファンであり雄英高校の後輩でもあるチサトが横から耳打ちして教えてくれたところによると、雄英で三年にわたりクラス委員長を務めていた経験も伴い、こうした混成チームを引っ張る統率力は若手世代の中でも既に高い評価を得ているらしい。
 誠実を地で行くような明瞭で溌溂とした態度に、時に通行人を振り返らせるほどの大仰な声の抑揚や身振り手振りが合わさって、印象としては爽やかと暑苦しいを行ったり来たりするのだが、チームの看板、次期リーダーとして愛され期待されている背景とその所以も、数時間の交流で充分に伝わってきた。
 ごく和やかな空気のまま、特段のトラブルもなく予定通りに午前のルートを踏破し、そろそろ休憩にしようかと足を止めかけたちょうどその時、陽が陰って冷たい風が吹き抜け、頭にぱらりと水滴が降ったかと思う間もなく、にわかに湧いた雲から大粒の雨が落ちてきて、周囲が一瞬にして豪雨に包まれた。地下へ、と即座にかかった号令に従って駆け出す。行き遭った市民たちへ先を譲りつつも、駅の近くまで来ており階段もすぐそばにあったため、幸いみな濡れ鼠とまではならずに済んだ。
 同じ境遇の通行人であふれ返った地下街をいくらも進まぬうちに、にわか雨よりもはるかに衝撃の強い、思わぬ遭遇劇があった。
「お」
「え?」
 前方で驚きの声が続けざまに上がり、相手方の顔を見て、ざわめきがチーム内に渡る。ユウカも思わず声を漏らした。
 すらりとした長身、あかと白に二分された異色の頭に、左目まわりの火傷痕。何重もの意味で周囲から浮き出すその姿は、まさしく。
「ショート君?」
「い……ンゲニウム」
 呼びかけが行き交い、ファンの変装コスプレといったようなものでもないことが証明される。全国区の人気を誇るトップヒーローがどうしてこんなところに、と動揺の止まない学生たちの心を代弁するように、インゲニウムが語りかけた。
「君も職場体験の引率中かい。実に奇遇だな」
 ショートは二名の同行者を後ろに連れていた。コスチューム姿ではあるものの、確かにプロヒーローではなくユウカたちと同じ歳ごろの少年に見える。この時期に職場体験の受け入れをしているのは考えてみればごく普通のことなのだが、各所メディアで名を見聞きしない日のない人気ヒーローが学生の引率をしている、という状況が妙に新鮮で珍しいことのように思えて、集まりかけた人目を避け、まとまって壁際に移動してからも、他の学生仲間たちとともにちらちらと様子をうかがってしまったのは仕方がないことと言えただろう。
 まとめて混雑に巻き込まれないよう、各自周辺の店で昼食を取り、一時間後の十三時に再集合、と指示がなされ(ショートも同じ指示を自分が連れていた二名に発したらしい)、解散の言葉がかけられた直後、イダテンの三名が揃って耳のインカムを押さえる仕草を見せた。ここまでの道中でも幾度か同じ反応をしていた、本部からのものと思しき通信に、インゲニウムが代表して応える。
「こちらインゲニウム、了解。周辺混雑のため場所を移動して当方より再連絡します」
 応答を返しつつ、二名のサイドキックと視線と手振りによる無言の会話を交わすや、白いアーマー姿はさっときびすを返して集合場所に指定したエスカレーターに乗り込み、地上へと去って行ってしまった。ぽかんと立ち残ったユウカたちへ、サイドキックから促しの号令がかかる。
「さ、こちらは予定通り休憩だ。時間に遅れないようにな!」
 ぱんとひとつ手が打たれるのを合図のように、集団の輪がほどける。どこにしようか、とチサトに誘いかけられるのに声を返しながら、何気なく後ろを振り返ると、紅白髪のヒーローがこちらへ背を向け、じっと地上への道を見上げていた。


 エスカレーターのすぐ横の通りで首尾よく二人掛けの席の空いていた洋食屋を見つけて入店し、会話もそこそこにまずは食べることに集中した結果、思いのほか早く食事が終わってしまった。順番に手洗いに行こうと決めて先を譲り、すぐに戻ったチサトと入れ替わりで店を出、手早く用を済ませて通りへ戻ると、三たび、鮮やかな紅白が視界に飛び込んできた。
(ショートだ)
 女子トイレの斜向かいの蕎麦店から出てきた長身はすぐにフードを目深に被って特徴を隠し、すれ違う人間に気付かれる様子なく、ゆっくりと歩いていく。
 まあこんなところにショートがいるなんて普通思わないもんね、などと頷きつつ、初めは方向が同じであるため自然に後へ続く形になっていたが、チサトの待つ店が近付いたところで、職場体験への出発直前に地元で聞いた、熱烈なショートファンの友人の言葉がふと頭に甦った。
(東京でショートに会ったら写真撮ってきてね!)
 その時はショートの拠点は静岡だよ、と「都会」を全て一緒くたに捉えているらしい友人に笑って答えたが、まさか本当に出会うことになるとは、大変な偶然もあったものである。土産話を考えているうちに集合場所に差しかかり、そこで早々の待機に入るのかと思いきや、ショートはそのまま地上へ続くエスカレーターに乗り込んでいった。
 ふらりと後を追うようにエスカレーターに乗ってしまったのは、言い訳をするなら友人の懇願に背を押されての、ほとんど無意識の行動だった。長い上りの半ばではたと気付いたものの、もちろん途中で引き返すことはできず、写真はさすがに無理でも少しの目撃談ぐらいなら、と思っているうちに地上へ着いた。下りて一歩で、向かいのブロックへと早足に横断歩道を渡るフードの背を見つける。そのさらに先、けぶる雨の向こうに、白いアーマーを着けたヒーローの姿があった。
 咄嗟に壁に身を寄せ、柱の陰に隠れた。初日からトップヒーローの追っかけをするような軽薄な姿勢を見られてはと案じたが、幸いユウカのスーツは遠目に目立つ衣裳ではなく、顔を上げたインゲニウムは(メットのため目線がどこにあるかは良くわからなかったが)すぐに駆け寄ってきたショートに気付いて応対を始めたらしく、こちらを気にかけるそぶりは見せなかった。息をつき、しかし身は隠したまま、こそりと様子をうかがう。
 人と雨を避けてビルの下で待機していたらしいインゲニウムの姿に急場の気配は感じられず、どうやら先の通信は呼び出しではなかったらしい。ショートがその隣に並び立ち、何やら話し始めたようだが、声は当然聞こえず、片やフルフェイスのメット、片や目深のフードを着け、おまけの雨降りときて表情も見えなかったため、どんな会話をしているのかは全くわからなかった。アーマーの手振りの様子で話が途切れず続いていることは伝わってくるが、それだけだ。
 人を待たせていることもあり、たぶん仕事の話だろう、大した土産話にはなりそうもない、と粘らず諦めて、またエスカレーターに乗り、出てきた洋食屋へとまっすぐ引き返すことにした。
「――ね、ショートとインゲニウムって仲いいの? 雄英の同級生だったんだっけ」
 席に戻っても集合時間まではまだ二十分近く余裕があった。後輩のチサトなら自分より詳しいだろうと思い立ち、最前の目撃談を話して(不真面目を咎められるかと思いきや、へえいいなあと羨ましげな返事があった)訊ねてみる。先ほどのショートは明らかにインゲニウムを探して地上へ出ていった様子だった。学生時代からの顔見知りとは言え、偶然出会ってわざわざ、と考えると、それなりに親しい間柄のように思える。
「うん、雄英の頃からずっと友だちみたいだよ。デクとショートと三人でご飯食べたりしてたんだって」
「そうなんだ。地元の友だちがショートのファンなんだけど、来る前にそういうの聞かなかったから」
 知っていたなら、東京という土地ではなく、まずインゲニウムの名前に食いついてきていそうなものだ。確かにあまりぴんと来ない組み合わせではあるのだが。
「雄英では割と知られてるし、インゲニウムとイダテンを追っかけてると委員長をやってた『A組』の話でちょこちょこ名前が出てくるんだけどね。ショートはほかに話題が沢山あるからあんまりメディアで取り上げられないのかも」
 雄英の友だちに「黄金世代A組箱推し」の子がいて、たまに文句言ってるよ、とチサトは笑って語った。ショートは同世代のヒーローでも頭抜けて人気と知名度があるので、実情と多少ずれていたとしても、世間から見た場合の名の釣り合う相手とともに語られがちなのは普通のことなのだろう。
「あと雄英出身ならインゲニウムはウラビティちゃんとも仲良しだけど、恋人とかじゃなくて同志で戦友って感じなんだって。このあいだ雑誌の特集でツーショットしてて、兄妹みたいでかわいかったな。付き合っててもお似合いだと思うんだけどなー」
 ツーショット、の言葉でつい先ほど見た二人の立ち姿を思い出す。仲の良い友人であったなら、仕事の話だろうかなどと想像したより、もっと砕けた会話をしていたのかもしれない。それならそばで聞きたかった、とプロヒーロー同士の会話への興味よりは単なる好奇心の勝ることを考えてしまい、浮つきを内心で自ら叱った。この好奇心が満たされる機会がすぐにやって来るなどとは、まるで想像もしていなかった。


 時間きっかりにインゲニウムを除く全員が集合した時には、外の雨はすっかり上がっていた。休憩前に入った通信が近隣で発生した事件への緊急支援要請であったこと、情報が錯綜して待機となり、最終的に招集を要さず事態解決したものの、その他の定時連絡が長引いたためインゲニウムのみ休憩時間をずらして後から合流する運びとなったことがサイドキックから語られ、そのまま先行して午後のパトロールに出発した。
 彼のことだから早ければ三十分、店が混んで遅れても四十分程度だろう、と述べられた読みが当たり、きっかり四十分後の合流となったが、その一連はなかなか劇的だった。
 ユウカたちの前方数十メートルの場所で、泥棒、と叫び声が上がった次の瞬間、重いエンジン音が後方から横手、そして前へと瞬きの間に風巻いて駆け抜けていき、宙へ躍り上がった白い鎧の繰り出した蹴りが、標的が背にまとった硬い棘の表皮をものともせずに砕き割って、引ったくり犯を地面へ叩き伏せた。通行人と学生たちが目を丸くする間に、サイドキックは警察と事務所本部への連絡、転倒して怪我をした被害者のための救急車の手配までを終えており、盗られたバッグは持ち主へと無事返されて(硬い地面に引き倒されてできた傷は痛々しく、インゲニウムが犯人確保に有無を言わさず強硬手段を取ったのも、無計画な犯罪で、逃走中がむしゃらに人を傷付けかねないと咄嗟に判断したためであったらしい。のちに犯人が薬物中毒者であったことが報告されていた)、事件発生からわずか十分足らずで全ての事態が収拾されてしまった。
「三十分で追いつくつもりが、遅れて申し訳ない!」
 警察を見送り、こちらへ振り向いて直角に腰を折りつつ、飛び出した第一声がそれだった。強盗犯と相対していたのと変わらないあまりにも真剣な表情を見て、学生の一人と男性サイドキックが同時に噴き出す。ユウカを含むあとの五名にもおかしさが伝播し、場が笑いに包まれる中、なぜだとしきりに首をひねっていたインゲニウムは、ショートとの偶然の出会いとビル下で交わしていた会話については、その後も特に語らなかった。
 初日はそのようにして大過なく終わり、翌日からは体験生にも通信機が配られ、予告通り本格的なチームワークに取り組むこととなった。ニュースになるほどの大きな事件や事故こそ最後まで発生しなかったものの、観光客の道案内といったボランティアに近い活動をこなす傍ら、都会特有のこまごまとした揉め事に始まり、迷子探しや迷子の親探しなどのトラブルはひっきりなしで、ユウカも複数の騒動に行き遭い、学生仲間とイダテン、そして周辺の事務所のプロヒーローたちとの親交を深めながら、事態解決の方法を実地で学んでいった。
 ひとつふたつの意外性を覗かせつつも、初日時点でおおよそ固まったインゲニウムの印象はその後もあまり変わらず、子ども相手と軽んじることなく常に真剣に相対してくれたため、学生の仲間うちでの評判も上々、チサトはイダテンに入るという決意をさらに強固なものとしたらしい。ユウカも真面目さと親しみやすさを兼ね備えた事務所の雰囲気を居心地よく感じたが、一方でプロヒーローたちの鮮やかな仕事を見て、自分の知識や力に不足を感じてしまうことも多々あり、一日の終わりに大きくため息しては、チサトに背を叩かれ励まされていた。
 まさしくあっという間の六日が過ぎ、とある契機は、最終日に訪れた。
「今日は少し早めに帰所して、次に出発したらもう戻らないので、出る時は忘れ物などのないよう――」
 早くも終わりを惜しむ声が上がる最後の朝礼中、定例通りに一日の予定を読み上げるインゲニウムの声が、末尾の行で止まった。昨日までより終業時刻が早く設定された予定表の最下部には、初日から伝えられていた「夕食会」の文字がある。
 そうだ、と思い出したように手を叩き、
「ヒーロー・ショートがまた東京へ来ているとのことで、彼のところの職場体験生たちと一緒に、今日の夕食会に参加してもらうことになったんだ。現地で合流する。良い機会なので積極的に交流してほしい」
 と、事もなげになされた予告に、初日の再現のようなざわめきが起こった。ショートとインゲニウムの関係については学生たちのあいだで自然に情報交換していたが、例の雨中の会話についてはチサトにしか話していなかった。まさかこんなところで伏線の回収があろうとは。
「お友だちにあげる写真撮れるんじゃない? ウメちゃん」
 横からこそりと提案されるのに、ううんと迷い声を返す。写真どころか夕食をともにしたなどと知られては、喜ばれるどころかむしろ羨みで怒られてしまいそうだと、ヒーロー活動とは全く別のところで、夜まで頭を悩まされることになった。



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