「わ、それ轟くん? このあいだの雑誌の時の?」
「はっ……! これはその、そうなんだが、ど、どうか内密に!」
「えー、ええやん。お付き合いしとるんやし。知られたって轟くんもやめろとか言わへんよね?」
「とは思うが、こちらが気恥ずかしくて……」
「恥ずかしいのに待受けに使っとるんや」
「うむ……少し慣れないとと思ってね」
「何に?」
「いやあの、実は先日、この雑誌が出る少し前に式用のスーツをふたりで見に行ったんだ」
「えっ! それってウェディンぐ」
「声が大きいぞ麗日くん!」
「飯田くんも大きいけど! え、え、どうやった? 写真ある?」
「写真はあるが当日まで秘匿事項だ! ……彼のスーツ姿は本当に素晴らしくてね、それはとても良かったんだが、雑誌の撮影の時以上に見惚れてしまって……このままだと当日に失態を演じてしまいそうだと思ったんだ」
「それで慣れる用?」
「ああ。お陰で携帯を開くたびに腹に力を入れて構えねばならず……何がおかしいんだね」
「んっふっふ……飯田くんほんま……ずっとそのままでおって……」
「俺は真剣なんだぞ麗日くん!」
「真剣だからおかしいんよ……ごめんごめん。でも写真で慣らすのまどろっこしない? 一緒に住んどるんやから実地で良くない?」
「彼は普段こういう堅い格好はしたがらないからな……」
「普段やなかったらどう? デートとか!」
「デ、デート?」
「ちょっといいとこでご飯食べよ、とか言って一緒にスーツ着てお出かけすればええんちゃう?」
「しかし蕎麦屋であまり良いスーツは浮くのでは……」
「そこは轟くん説得してお店をスーツに合わせよ?」
「そうか……うん、たまにはいいかもしれないな」
「ええねええねー。いつにする?」
「ひと月後ぐらいだろうか」
「遠っ。それまでに写真で慣れてしまわん?」
「いやそれが、写真や雑誌で少しずつ見ていると、何かこう気持ちが溜まってしまって、今改めてスーツ姿の轟くんを直視したらのぼせてひっくり返りかねない気が……」
「慣れるつもりで逆にダメージ積もってガード削られとるやん……」
「だからもう少し経験を積んで、動揺しないと確信できてからスーツの彼と向き合うことにするよ。アドバイスありがとう」
「飯田くんの好きにしてくれたらええと思うし応援するけど、まる五年間お付き合いしてて今一緒に住んでて今年結婚するんよね?」



「……轟くん、今のひょっとして……いやひょっとしなくても飯田くんの写真だよね。ロック画面の」
「おう。いい顔してたから撮った」
「余計なお世話かもだけど、使っちゃって大丈夫? 飯田くんのことだから寝顔はさすがにプライベート過ぎるって怒りそうな」
「ゆうべ見つかって怒られた」
「もう怒られてた」
「スマホ開くときは重々注意するようにっつってた」
「注意すればいいんだ……」
「お前も俺の写真使ってるだろって言ったらいいことになった」
「使ってるのか飯田くん。え? 寝顔?」
「この前スーツのモデルやった時のやつ」
「ああ! あれふたりとも凄く良かったもんね! 飯田くんも気に入ったんだ」
「気に入り過ぎてずっと雑誌見てかわいい顔してるから、今すげぇスーツの俺に嫉妬してる」
「自分に嫉妬を」
「ゆうべスーツの俺にあいつのこと取られちまう夢見た」
「スーツの俺という別人概念」
「俺とスーツの俺とどっちが好きだって訊いたら、俺って答えてくれると思うか?」
「どちらも君ではって答えてくれるんじゃないかな……」
「それなら余計に服が違うだけであれこれ言われんの良くわからねぇ」
「うーん、僕もファッションは全然だけど、人がお洒落してたら格好いいとか可愛いとかって普通に思うし……轟くんも飯田くんのスーツいいなって思わなかった?」
「スーツも悪くなかったけど、あいつは素の身体が一番いいと思う」
「うん、純粋な褒め言葉なのはわかってるけど、ふたりを良く知ってる人以外には言っちゃだめだよ。誤解されるから」
「そうか、気を付ける。それで雑誌とか写真じゃなくてずっと俺のほう向かせるにはどうしたらいい? 俺も飯田のかわいい顔見てぇ」
「全く邪気なく素直なのが轟くんのいいところだよね……ええと、そんなにスーツが気に入ったみたいなら、また君が着ちゃえばいいんじゃない? やっぱり写真より実物のほうがいいなって思ってくれるかも」
「急に着たらおかしくねぇかな」
「飯田くんはおかしいなんて言わないと思うよ。気になるならいいお店に食事とか買い物とかしに行く時に合わせれば変じゃないし」
「そうだな……わかった、今夜やってみる。ありがとな」
「今夜っ? 決断と行動が早いのも轟くんのいいところだと思うけど、飯田くんの慎重さにも合わせてあげてね……」



『――っていう話を私が飯田くんとしたんが三日前なんやけど、今のデクくんの話は今日なんよね?』
「うん。昼休憩の時に話して、轟くんはそのあと事務所に連絡して届けてもらった凄くいいスーツを着て帰ってったけど」
『飯田くんも今夜は途中で食べてくからってちょっと嬉しそうに帰ったよ』
「出がけに電話してた?」
『しとった。いつもの普通の服で』
「蕎麦だと思ってるよねたぶん。いや蕎麦かもしれないけど……」
『……』
「……」
『……飯田くん、道でひっくり返ってしもたりせんかな……』
「僕も気になってずっとニュースとSNSのチェックしてるんだけど、今のところは何もないかな……」
『飯田くんひっくり返ったら轟くんがお姫様抱っこして帰りそう』
「それもうスーツどころじゃなくてしばらく本気で顔合わせられなくなっちゃいそうだな飯田くん」
『また「なんでだ緑谷」て連絡来るんとちゃう?』
「麗日さんにも『もう一度助言を』って相談あるんじゃないかな」
『……』
「……」
『……連絡来る前にどうなったか聞きがてら今度四人でご飯しよか』
「麗日さんちょっと楽しそうだよ」
『デクくんこそちょっと笑てもうてるやん』


おしまい。

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