「で、結局あいつはなんだったんだ? 見たとこセイバートロンのやつじゃなかったみたいだが」
 しばしの無言の道中、インフェルノはどの話からどう手を付けたものかと考え込んでいたが、良い方策も見つからず、まあ目に見えたところから解決していくのがよかろうと、いつものように前を走る車両へ向かって呼びかけた。アラートも切り出し方を迷っていたらしく、強いられた帰路ながらも不機嫌の色はにじませず、すぐに応答が返る。
『ああ。個体プロファイルに関しては今のところ外惑星出身の機械生命体としか判明していないが、ここでの表向きは、当人が名乗っていた通り地方ターミナルの輸送員。裏は兵器の密輸人、兼機密技術ブローカーだ』
「じゃ、お前が売り手だか買い手だかの役をやったってわけか」
『そういうことだ』
 サイバトロンのインシグニアを付けていないことには気付いていたが、近頃はそうした異星出身の長期滞在者も多い。男も近年から大びらに活動を始めた者のようで、その手口のひとつに、取り引きを求める素人と今夜のような宴席で偶然を装って会い、直接データを受け渡す、というものがあったのだという。
「ふーん。まあそりゃ狙ったやつと同じ宴会に入るなんざ大した手間でもねぇし、通信の傍受だ追跡だも避けられるってことなんだろうが、ちょっと大胆過ぎやしねぇか。目につきまくるだろ」
『だが、実際しばらく発覚しなかったからな。ずっと同じ店を使うならともかく、場を転々としていればさして人の記憶には残らないだろう。客同士の繋がりは薄いし、異業種の者と会っても不自然じゃない。そして一対一より多対多でいたほうが埋没できる。なかなか考えた手ではあるのかもな。素人相手の事件ではあとの通報の割合が高くなるが、今回の場合、そうした点でもかなり強固に口止めがなされていたらしい』
 おおかた金なんだろうが、とアラートは推測を述べたが、インフェルノは別の側面を考えていた。
「おまけにあの手の会じゃあ、二人で消えても周りに変に思われねぇってこったな……タラシ野郎の考えそうなセコいやり口だぜ」
 おそらく、口止めには金のみでなく、その手段そのものが使われたのではないだろうか。場の空気を助けにうまく言いくるめて、手籠めにするなり、表にできないような弱みを新たに作ってやるなりしてしまえば、繋がりのない素人だからこそ、我が身のため口外できなくなってしまう。
 胸悪くうなり、今夜は自分の恋人がそうした対象に見られていたのだと思い至って、またふつふつと怒りの念が湧くのを感じた。当のアラートはそれに気付く様子もなく、淡々と言葉を続ける。
『結局、今回こうして手口のあらましが明らかになったのも、初めは取り引きした本人からでなくて、医療機関からの連絡が元だったんだ。詳細は聞いていないが、何か手違いがあって怪我を負わせていたのに、奴が気付かなかったのかもしれないな』
「あー……ハラん中ならなー……うわ、言うんじゃなかった。ひでぇ想像しちまった。やっぱり遠慮なんざ抜きに実弾で頭吹っ飛ばしてやるんだったぜあの野郎!」
『もしやってたら始末書だぞ』
 そこまでの非常事態ではなかったんだから、と軽く口にするアラートへ「自分にとっては何よりの緊急事態だった」と声高らかに訴えてやりたく思ったが、またややこしい話が始まりかねないと、ぐっと言葉を呑んで耐えた。
 その後の説明で、男をいぶり出すべく「危険性が高すぎるため公にできなくなった新兵器の技術を、開発者が内密に売りたがっている」と界隈に逆リークを仕掛け、ようやく今夜の接触に至ったこと、事案がインフェルノの遠征中に持ち上がって進行していたため、あえて知らせていなかったこと、アラートが接触役となったのは、こちらを組織と見た相手の提案により、幾人か候補を挙げた中からの指定であったことなど、今日までのいきさつの大筋が語られて、その終わりとともに、帰路もちょうど尽きた。
 歩を連ねて家に上がり、それぞれ荷を降ろすなどしているあいだはまた少し慎重な沈黙が流れたが、いずれともなくソファへ戻って(本当は「向かって」と言うべきなのだろうが、まさにその時は「戻る」、あるいは「帰る」という心境だった)、いつものように並んで座ってから次の言葉までは、さまで気まずい間も空かなかった。
「話はまあ、だいたいわかった」
 考えをひとつひとつまとめながら、ゆっくりと声にして落とす。
「けどよ。俺はやっぱ、教えといてほしかったぜ」
 アラートがこちらを見上げ、何か言いたげに口を開き、意気沈ませたようにまた閉じる。待たずに問いを連ねた。
「しゃしゃり出てこられると思ったか?」
「違う」
 今度はすぐに返答があり、言葉が続いた。
「いや、うん……少しは、それも考えたかもしれないが。さほど機密性の高い事件でもなかったし、別にそうなったからといって困るわけではなかったんだ。実際、今日は助けられた。相手が特殊レーダーを装備している情報は入っていなかったし、単独犯だからと少し油断していた。……ちゃんと礼を言ってなかったよな。ありがとう、インフェルノ」
「え、ああ、……おう」
 結果はどうあれ、あの場にいた理由自体は胸を張れるものではなかっただけに、思わぬ謝意に逆にまごついてしまい、曖昧に頷く。実のところ、これまでの説明で毒気などほとんど抜かれてしまってはいたのだが、この際一片の気がかりも残すまいと決め、顔を引き締めてまた訊ねた。
「なあ、そもそもお前が対策チームに入ったのはなんでだったんだ? 教導隊まで仕事回すほど最近は忙しくもねぇし、わざわざお前に指示求めるような案件でもねぇだろ」
「普通はな。今回は偶然と言うか……さっき話した、怪我を負った取り引き相手というのが、このあいだまで俺の組にいた新任保安員の知り合いだったんだ。そいつにだけ事情を打ち明けたらしいんだが、とても黙っておけないと言って俺のところにすっ飛んできてな。入院先に問い合わせたらちょうど通報がされていたことがわかって、……あとは行きがかり上」
「ああー、生徒には甘いもんなお前ー」
 口尖らせてかぶせれば、別に甘くない、と心外と言いたげな反論をされたが、事実甘いというか、非常に世話が手厚いのだ。訓練生のほうも良く懐いており、その慕われぶりたるや、結果がわかり切っているからという理由で今回の「聞き込み」の対象からまとめて外したほどである(しかし実際は向こうからあれこれ聞かされたのだったが)。
 まあ、自分も部下から同じ話を聞けば迷いなく乗り出していただろうから、気持ちはわからないではない。
「んじゃなおさら言ってくれりゃ、助けになったのによ。客員参加二名ってことで。手も空いてたし」
 なんの気なく落とした言葉のあとに、少しの沈思の間があった。どうしたのだろうかと隣を見やると、アラートは予想外に固い表情で、こう口にした。
「……助けにしたくなかったんだ。お前を」
 え、と鳴らしたはずの声は音にならなかった。一度沈んだあせりが、再び胸に浮かび上がってくる。
「それ、今の俺が頼りにならねぇってことか?」
 我なく声が荒らぐ。さらに言い重ねようとした問いを、
「違う、そうじゃない」
 きっぱりと、否定の言葉がさえぎる。まっすぐこちらを見上ぐ淡色の青に、偽りを語る揺れはなかった。
「決してお前を軽んじたわけじゃない。お前の頼もしさは俺が一番よく知ってる。今回のことも、頼れば十二分に助けになってくれることはわかってた。でも、……だから、教えたくなかった。お前に頼ってばかりでいたくなかったんだ」
 驚き見つめ返した顔が、決まり悪げに正面へそらされる。そのまま静かに言葉は続いた。
「教導隊に移ったことを後悔はしていないし、意義ある務めだと信じている。やり甲斐もある。だが現場から遠ざかったぶん、わからなくなったものも増えた。すぐに成果が見える仕事ではないから、何が正しいのか迷うこともまだ多い。お前は直接の部下ではなくなって、分隊長として一線で活躍して、上々の評価を得てる。とても誇らしかったが……なんだか、置いていかれてしまうような気がして」
 少しあせってしまっていたのかもしれないと、ほのかな自嘲の笑みとともにアラートは語る。
「張り合うことなんかじゃないとわかってるのに、まだ俺も現場で充分やれる、今ならお前の助けがなくても仕事をこなせるんだってことを証明しようなんて思って、意地になってたんだろうな。ずっとお前の隣にふさわしい存在になりたくて、少しは成長もできたつもりでいたから……。お前が遠征から帰ったら、こんなことがあったって胸張って教えてやるつもりだった。でも、少し帰還が早くなったろ。途中で言うのも悔しい気がして隠してしまったんだ。それで結局助けられたんだから、情けない話だけど」
 黙っていたのは悪かった、と謝罪を述べるのを呆気にとられて聞きつつ、インフェルノは途上での会話の終わり、アラートがなぜ自分がおとり役に指定されたかのいきさつを語ったあとに、少し不服げな調子で付け足した言葉を思い出した。
『外見だの役職だのを見て、与しやすそうだと思われたんじゃないか』
 あれもおそらく、態度を意固地にさせた理由のひとつだろう。見くびられたと思って気に入らず、余計この任務に熱を入れたに違いない。
(ま、本当のところは、単に奴の好みだったってだけなんだろうがな)
 やはりもっと痛めつけてから牢屋へ送ってやるべきだった、と今夜見たあれこれの光景をくさくさとした気分で口曲げて回想していると、
「……まだ怒っているか? インフェルノ」
 ぽそりと声がし、再び隣を見れば、アラートが不安の面持ちでこちらを覗き上げている。小首傾げて浮かべる所在なげな表情は常より幼く見え、インフェルノの庇護心と罪悪感を同時にうずかせた。
「あー、その、なぁ……」
 へどもどと意味のない声を漏らし、我が身の不甲斐なさを思い切るしばしの間を経てから、がばりと身体ごと横へ向き直って唱えた。
「……すまんっ。悪かった、アラート!」
「え?」
「今夜俺があの店に行ったのは偶然じゃねぇんだ。お前が来ることを知ってて、先回りしてた。隠れて全部見ちまってたんだ」
 唐突な告白に、瞳灯がちかちかと瞬いて驚きを示した。なんで、と独り言のように漏れた問いに、訥々と答える。
「俺の部下がな」
「うん」
「お前が美人だとか、言うから……」
「……は?」
 面食らうアラートへ、一から全てを打ち明けた。宴席でのふとした言葉をきっかけに、アラートの容色について聞き込んだこと。このところの不審な行動についての噂を耳にし、あらぬ疑念を抱いたこと。友人に誘われた会の参加者の中に名前を見つけて、陰から様子をうかがい、何かあれば乗り込んでいってやろうと思っていたこと。言葉を並べるほどに己の浅慮を感じ、情けなさの極まる思いだったが、相棒の真摯な告白を受けて自分ばかりが責任逃れをするなどそれこそ不実に過ぎると、恥をしのんで語った。先ほどと真逆の立場となったアラートは、やはりぽかんとした様子で話を聞き、憤りよりも戸惑いを感じているようだった。
「たぶん、俺は」
 まだ完全な整理はついていないながらも、どうにか根本の形を見出した心情を、そのまま吐露する。
「自分一人だけで、お前を知ってるような気分になっちまってたんだよな。何かっつーと嫌味言われてるから、そんなやつらには言い返してやろうだとか、宴会なんざ出てもむすっとして浮いちまうだろうとか、何かに仕方なく巻き込まれてるんなら手ぇ貸してやらねぇとだとか……頭からすっかり決めつけちまってた。お前がそうやって真面目に努力して変わったんだってこと、俺だってわかってたし、周りに認められんのは嬉しかったはずなのによ」
 何から何まで理解していたはずの相棒と少し立つ場所が離れたところに、思わぬ評価を聞いた。身近にあり過ぎて、かつての彼を知り過ぎていて、改めて形にしてもいなかったような言葉。
 外見自体は当時とほとんど変わっていないのだから、変わったのは周囲の目だ。相手を疎んじていれば容姿まで醜く憎々しいものに見える。逆に好意を抱いていれば、たとえそれが本気の恋慕などではなくとも、正当の評を与えることができるし、より好もしくさえ映るだろう。賛辞を口に出すのを惜しみはしないだろう。
「そのぐらい、すげぇ変わったんだって……それに俺は全然気付いてなかったんだと思ったら、ほかにも何かあるんじゃねぇか、いつの間にか遠くなって、もう頼りにされてないんじゃねぇか、こんなんじゃ横からかっさらわれちまうんじゃねぇかとか、やたらあせってきてよ。お前があの野郎と店を出てった時は、正直真剣に疑ってた。色々ぐちゃぐちゃして、普段使わねぇ頭働かせるのに手いっぱいになっちまって、お前を信じてやれなかった。……本当、すまん」
「インフェルノ」
 叱責を待つ兵のごとく深く頭を下げたが、元上官はただ名を呼び、起きるよう促してきた。指示に従い、改めて見つめた顔には、困惑とともにかすかな笑みが浮かんでいる。弱りながらも口の端をほんの少しだけ面映ゆげに上げた、インフェルノの愛するやわらかな笑みだ。
「黙っていて誤解をさせたのは俺だし、お前も短絡に飛び出してきたりはしなかったろ。どころか功績も上げた。……まぁ、最後のあれはだいぶ余計だったけど……」
 おあいこってことで今夜は流しておく、と裁定し、続ける。
「別に、あせることなんてなかったのにな。昔から近しかったぶん、それを引きずってしまって……好きになってくれた頃ときっちり同じことができなきゃならない、でもつり合うように成長しなきゃならないって、矛盾してるよな」
 ふっと呆れ笑いの気を落とすのに、俺も、とこちらから言葉を繋げた。
「なんか枠にはめ込んじまってたっつーか、いつまでもお前は人付き合いが下手くそで、作り笑いなんてできるはずがなくて、俺だけが本当に良さをわかってるんだから俺が隣で面倒みねぇとって……生意気にもほどがあるぜ」
 絆を紡いだ当時にそうであったからと言って、そのままである必要はない。誰より近く、常に傍らにいた相手を好きになったのは確かだ。だが、そこにいるから慕ったわけではない。そこにいた相手だけを望んだわけではない。彼が抱く志ごと、彼のまなざす未来ごと、それまでに歩んできた道、そしてそこから続く道の全てを、認め、分かち合い、愛したのだから。在る場所が少し離れても、あせり恐れることなどなかったのだ。
 どうやら二人して似たようなことを考えていたらしいと、見上げ、見下ろし、呆れの目を向け合う。
「なんか俺たち……」
「まだまだだな……」
 結論し、一拍置いて同時に笑いを噴いた。沈み方が激しかっただけに、振り返ってみての滑稽感も強まる。それが二人同時と来ているのだからなおさら馬鹿馬鹿しさが増し、分け合える分だけ愉快だった。
 ひとしきり笑い交わし、ようやく落ち着いて、少し距離を詰めて座り直す。そっと腕へ寄りかかってきた小さな頭の、重みとも言えない重みを愛おしく思った。
 長々と疲れたように排気し、アラートが言う。
「しかしまあ、色々と張り切って準備もしてはみたけど、結局向かない仕事だったな。呑むにしたってもっと落ち着いた店のほうがいい。ワックスの匂いはきついし、センサーの感度もかなり調整していたのにそれでもまだ音があり過ぎて、頭が痛くなった」
 なるほどそれでこちらも気付かれずに済んだのだろうか、と思い返しながら、ひとつ未解決にしていたことを訊ねた。
「最近業後に誰かとどっか行ってたとか、新品のワックスがどうとかってのも、今夜の準備だったのか?」
「ああ。慣れない任務でやっぱり少し不安だったから、念のため工作班の知り合いに指導を頼んでたんだ。基礎から学んでおけばそのうち教練にも活かせると思ったし。向こうも忙しいから日の終わりにしか時間が取れなくて、ちょっとばたついていたかな。ワックスは自分のセンサーを慣らそうと思ってしばらく付けてた。ああいう店で開く宴会では、みんな身綺麗にしていくんだろ?」
「あー、んー……、ああいう店ではっつーか、ああいう会ではっつーか……」
 面白がってあれこれ吹き込まれている姿が見えるようだ。疲れたからしばらくはやめておく、とこぼす世俗にうとい恋人へ、是非そうしてくれ、できれば二度とやらないでくれ、と心の底から同意をした。
 真面目一本槍であった頃はそもそもそうした場に足を向けなかったから何もなかったが、柔軟になればなったでこちらの心配事も増えるようだ、などと腕組みして考えていると、
「……お前は気付かなかったのか? 俺、家でも使ってたけど」
 今度はアラートの側から問いを向けてくる。え、と訊き直せば、ワックス、と一語が返った。
「ワックス? ……ああ、そういやちょっと赤がよく見えるかなと思ったような気もするが……俺はそういう繊細っつーか、洒落た匂いにはハナも利かんしな」
「ふぅん」
 軽い心持ちで答えたが、アラートは何か面白くなさげに唇を尖らせる。おやこれは、と調子の良い自分が頭をもたげ、
「なんだよ、俺に気付いてほしかったのか?」
 口にやつかせて言えば、返ったのは期待どおり、どころの騒ぎの言葉ではなかった。
「匂いには慣れたし、毎日使うのは面倒だからそろそろいいかと思ってたんだ。そうしたら、お前が早く帰ってきたから、そのまま使ってみてた。みんなこういう香りが好きで、恋人が付けてたら、その、き……気分が良くなったりするって、聞いてて」
 へ、とまさしく間抜けた反応をするインフェルノからあえて顔を背けて、頬を赤くしたまま、既に開き直りの気分なのだろう、語調を少し強めてアラートは続けた。
「お前、帰ってきてから妙にむすっとして考え込んでたり、話しかけても上の空だったり、夜はさっさと寝るし、そのくせ一緒にいない日に限って、いきなり通信入れてあんなこと言ってきて、かと思ったらすぐ切るし……俺はあのあと、結構大変だった」
 生徒たちもいるのに、と落ちた呟きににじむ意を本能的に察し、じわりと身体の芯に熱が集まる。その間にも、衝撃の告白兼恨み節はなお続いた。
「遠征で疲れてるんだろうとは思ったけど、十何日かぶりに直に会ったのに、なんにもなくて、俺はお前が気付いてないなんて、それどころか浮気を疑われてるなんて知らずに毎日せっせと身体磨いて……馬鹿みたいだったぞ。ばか」
 俯いて頬当てに隠れた横顔は、もはや火の付いたごとく真っ赤だった。しばし沈黙が流れ、鈍重な思考演算がようやく完了したところで、インフェルノは頭抱えて膝に崩れ落ちた。
「俺は、俺は今こそ本気も本気で反省したぞ……! つーか、うわ、もったいねぇー! 今日で休み終わりじゃねぇか! 何やってんだ俺!」
「……昔から思ってるんだが。お前、目の前のことにカッとなって、細かい計算だとか考察だとかを置き去りにして物事に飛び付いてく癖、隊長職としてはあまり褒められた特性じゃないから、そろそろ本腰入れて改めたほうがいいんじゃないか」
「おっしゃる通りです!」
 あああ、と悔恨のうめきを落とし、脚の上に突っ伏したまま、声を絞り出す。
「アラート教官……」
「お前を指導した記憶はないぞ」
「俺、明るいですよね?」
「……まあ明るいんじゃないか」
 たまにうるさいけど、と続く声は気にせず、
「で、結構頼りになりますよね? ていうかさっきそう言ってくれてましたよね?」
 のそりと起き上がりつつ、問いと言うよりは確認の強制に近い言葉を重ねると、相手も思惑を察したらしく、警戒心をあらわにして小さく頷いた。身体を逃がされる前に背から肩へと手を回して抱き込み、顔寄せて、言う。
「そんな好みにぴったりの俺と、今夜はちょっと仲良くしたいなー、とか思わねぇですか?」
 間近に見つめ合ったまま、しばし沈黙が過ぎた。
 やはりまずかったろうか。とうに夜も更け、明日は朝から仕事だ。散々馬鹿な疑いをかけた上、その想いに何日も気付けずほったらかしにしておいて、事が明らかになった途端にこれではあまりに虫がいいことはわかっている。
 何か言おうと口開く前に、眼前の相手の唇がむにゃりと動き、
「……ぶっ」
 こらえかねるように噴き出した。くつくつと止まらない笑いの中から、震え声で言う。
「お前、ひどいぞ」
「俺もそう思うわ」
 だが、正直な心地だった。茶化すような文句を使ってしまったが、このじわじわと身を浸し、今や盛んに哮り始めた熱情の引かぬうちに、彼を愛したい。
「埋め合わせ……なんかじゃねぇな。俺がシてぇんだから。あ、ひょっとしてキスすらしてなくねぇか? あっちでは帰ったらああしてやろうこうしてやろうってずっと考えてたのに、俺マジで馬鹿だ!」
「そうだな任務中にそんなことを考えてるやつは確実に馬鹿だな」
 でも、と置いて、また予想外のことを言う。
「キスは、した」
「へッ? いつ?」
「帰ってきた夜、寝床に入ったあと俺からした」
「憶えてねぇ」
「お前はいびきかいて寝てた」
「馬鹿か俺!」
 もったいないもったいなさ過ぎる、とまた悲嘆に暮れつつ、傍らの恋人をぎゅうと抱きしめる。
「すまんアラート……こんな俺でも頼りにしてくれるか……」
「してるよ馬鹿。ずっとしてる。……俺だって、待ってばかりで自分から言わなかったんだから、おんなじだ。お前に甘えてた」
 俺も仲良くしたい、と恥じらい宿らせてささやくのに、また身の内の熱が高まる。再び顔を見合わせ、笑いではなく今にも爆ぜ弾けそうな情の火を互いの青の中に認め、引き寄せられるように口付けを交わした。
 軽く重ね合わせて離れ、しかしまだ唇の触れかかる距離から語らう。
「そういや、今夜は言ってなかったよな」
「ん?」
「ただいま、アラート。久しぶりだからたっぷりいちゃいちゃしようぜ」
「……おかえり、インフェルノ。明日も朝から仕事だってこと、忘れるなよ」
 笑って了解を唱え、腕の中の機体をひょいと横向きに抱え上げる。今度は暴れ立てられることなく、二人きりの家には歓声も上がらず、ただ静やかな幸福だけが場に満ちていた。



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